驚愕の変貌(その弐)
あの女にご主人が触れた瞬間に沸き上がるこの感情は一体…?
楓はこの迸る、感覚を押さえきれません…はむうぅぅぅうぅ。
霧先先輩に抱きつかれて、俺は意識を失った。
目覚めて、見たものは荒廃した室内と、俺を守るために体内に溜めていたエネルギーをほぼ使い果たし、性格が大きく変貌した楓だった。
その後、崩れた瓦礫の中から見つけ出した霧先先輩に意識はなかった。だが、ちょっとした『出来事』によって意識を取り戻した。
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驚愕の変貌(その弐)
「霧先先輩、良かった、気がついたんですね」
「……えぇ、千丈くんなのよね?」
どうしたんだ? 微妙に後退りして俺との距離を少し開けた。これだけでガラスのハートは傷ついてしまうぞ。
「…はい、そうです。千丈ですよ」
「ごめんね、どうしても私は、兄さんを諦めたくなかった、諦めることなんて、できるわけないじゃない」
「……」
おそらく、霧先先輩が気にしていることは、俺から力を吸出した件だろう。
「その件については、もういいです。謝罪よりも、何があったか教えてもらえますか? 」
「ええ、それについては説明させてほしいの、でも……その前に、噛みつかれていて、痛くないのかしら?」
噛みつかれて?
……んんっ?
うぅおおっ……!?
「おまっ!? 楓ぇぇ! いったい、いつまで首筋に喰い付いているんだぁ!!!」
「ほなしま…せにゅう、ごしゅにんはほなもみぬにこ…」
「おまえは、いったい何て言ってるんだよぉぉぉ!?」
忘れていた!?だが不思議だ?
噛みつかれた瞬間は強烈な痛みを感じたが、今は痛みがない。それどころか首の感覚がまったくない。
「どうやら、本気で怒っているようね」
「何故に、先輩はそれほど冷静なんですかぁ!?」
「だって、私はなんともないもの」
そうですね、ちきしょーどうすれば…
俺のとれる手段は少ない、最後の切り札の対処方法を取ろう。
「楓さん、ごめんなさい」
素直に謝りました。すると楓は、口と体を俺の背中から離して、一歩後ろに立つ。
「ご主人、分かって頂ければそれで良いのです」
ついに、楓との長かった連結が解かれた。
長かった…そして良かった。
離れたということは、とりあえず楓のエネルギーはなんとかなったようだ。
しかし何故、楓は怒ったのだろうか?
ちょっと、霧先先輩の太股とブラウスに触れて、その感触を味わっただけなのに。
「おわかりいただけ、ないようですねぇ……」
「本当にぃぃぃ、ごめんなさいぃぃぃ…」
俺の肩にぃ、楓の手が食い込むぅ。うがぁ骨がぁ、関節が外れちゃうよぉ。
「あまり、変なこと考えないでくれるかしら…」
こちらにも、恐ろしい目をしたお嬢様がおられます!? 背後の暴力、前面の冷遇に挟まれて……漏らしそうです。
「それより、説明させてもらうわね、千丈くんから貰った力を兄さんに注いだの、そうしたら...」
あげてません。怖いから言わないけど…
「初めは安定したの、でも急に苦しみだしてね、そこから覚えてないのよ」
……は?
「えっと……どういう事ですか?」
「本当にわからないのよ、気がついたときは、千丈くんが覆い被さってたし」
覆い被さってません。
霧先先輩の頭部と大腿部を持ち上げようとして、その途中で落としたんです。
霧先先輩の話を聞くかぎり、新たに得られる情報はない。分かったのは、五条先輩を助けようとした事ぐらいだ。ここの情報は、先ほど楓から聞いた内容と一致する。それとは別に霧先先輩に一言、言いたい。
だから、用法と容量に注意と言ったのに。ずっと心の声でだけど……
「楓」
「はい、説明をもう一度させていただきます。こちらの女性は吹き飛ばされまして、瓦礫の中に突っ込まれました。そして霊体は室内中を暴れまわり、先ほどまでは入り口側の影で呻いておりました」
「なるほど………ん!? 先ほどまでぇ?」
「はい、先ほど教室から出ていきました」
おいぃっ!!
なんだってぇ! 暴走状態で五条先輩は校舎内に解き放たれたってことか。そういえば…さっきまで入り口付近から聞こえていた呻き声が、全く聞こえなくなっているぞ。
「あぁ、にいさん……」
霧先先輩、状況わかってますか?
遠い目をしている場合ではないです。
「楓なんで、教えてくれなかったんだよ、早く追いかけないと」
「ご主人、私の優先度はあなた様を第一に考えております。危険が立ち去るなら、それでよいのではないですか?」
「いや違うぞ……良くないぞ楓、五条先輩は誰かが止めないと、他人を怪我をさせてからじゃ遅いんだ」
「千丈くん…」
「ですが、ご主人さま」
「わかっている、俺らしくないんだろ、だけどあの状態にしたのは俺の力だ。だとしたら止めないときっと五条先輩も……」
ちくしょー、五条先輩は自分の残された時間がわかっていながら、俺に『力』の説明なんてして、身内の妹より優先させるような『おひとよしな』先輩だ。
もちろん、今も意識があるかどうかなんて、わからない。だが、きっと人を傷つける事を望んだりは……しないはずだ。
「とにかく俺は追いかけてみる、楓は霧先先輩を守るため、ここにいてくれ」
「平気よ、私も行くわよ。だって私が……妹が始めたことですもの、お兄様を助けて…」
「楓はご主人と共に、たとえ、この身が砕けようともお尽くし致します」
楓は魔家電アンドロイドだ。つまり機械だ。
だが俺の指示に盲目的に従うわけではない。普段も普通に『嫌だと』返答を行う。
どうも楓は、俺の考える基準に適合しないアンドロイドのようだ。
未来の家電ではこれが普通なのかもしれないけど、それは、まだ分からないことだ。考えてもしょうがない。
だが、楓は俺が危険な目に遭いそうなとき、直前の行動は別として、必ず駆けつけてきた。そして今回もそうだ。
俺は楓に対して初めて感謝した。本人には調子に乗るので絶対に言わないが。
それに、霧先先輩も実兄について、放っておくわけにはいかないだろう。
「ありがとう、かなり厳しいけど、きっとなんとかできる、全力を尽くそう。ただ、その前に何点か霧先先輩に聞きたい事がありますいいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ、なんでも聞いてちょうだい」
「前に複数の五条先輩の式神、と言いますか、薄い存在が居ましたよね。あれは本当に、ただのエネルギーだったのですか?」
「うん、そうね。そう言われると自信ないけど、形に残る程の核はなかったわ」
「そうですよね、『千丈くんB』については、お札のような物を五条先輩は作っていましたよね、そして式神が消えると同時に消えましたね」
「そうね、兄さんの術は依り代を使って、それに力をからめるのよ。えっと……『千丈くんB』って?」
ああ、『千丈くんB』それはどうでもいいです。
依り代とは、つまり中心にくる物だろう。
俺の周りに漂うこの気配と言うか、『力』だったな、こう何度も関わると、なんとなくだが、わかり始めた気がする。
風が吹いていない室内でも、対流を感じる。
何かが引っ掛かる。これを集める方法に五条先輩は、中心を作り絡める……
なら、五条先輩と言う存在はなんで、形を一年も保ちつづける事ができたのか?
「ご主人様いかがいたしましたでしょうか?」
楓が心配そうにこちらを見ている。顔つきからまるで、今の楓は別人。いや、別のアンドロイドだ。
だいぶ消耗させてしまった。後でしっかり『力』を与えないと。
ん、与えないと?
そうだ!! 五条先輩は、俺をタンクローリーに例えていた。
満載のタンクが空なら、また満たせばいいはずだ。
その『力』は何処に行った?
そう、先ほど教室から出ていった。
『力』を与えられすぎて、自我が崩壊した五条先輩として。
朝もそうだった。
そして、楓の攻撃で消耗して……ある程度の『力』になった時、自我を取り戻した。
そして、ここ崩壊している予備備品室にあった、あれにだろう。
それなら分かるし、納得ができる。ヒントは最初っからわかっていた。ただ、俺が気がつかなかっただけだ。五条先輩の幽体は恐らくもう限界だろう。間に合えばいいが、直ぐに行動に移そう。
最新投稿はTwitterで投稿時期のお知らせ、報告をさせていただきたいと考えます。http://twitter.com/yasusuga9
ご意見やご感想は"楓"が責任を持ちまして、ご主人にお伝えするお約束をいたします。