驚愕の変貌(その壱)
なんとか、ご主人の一命は取り止めることができました。
ほんとうにあぶのうございました。
ただ、これで楓の持つ魔波動のストックはなくなりました。
あれが、また戻ってくることがあれば……
そのときは楓は――――
一体、どれ程の時間が経過したのだろう。
室内に響く謎のうめき声に、俺は意識を取り戻した。
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驚愕の変貌(その壱)
019
「いっつつっ……うぅ重たいぞ」
背中に重量を感じる。
動こうとしても、体の自由が効かない。
眼球の動きで周りを見ると、肩の所に黒髪の頭が見えた。
背中にもう一人居るようだ、というか……
もう一人ではなく、もう1台か…
楓が亀の親子のように背中に張り付いたままだった。
どのくらいの時間、気を失っていたのか分らないが、さほど時間が経過していないように思う。
「おいっ!? 楓、重たいから降りてくれ」
「……ご主人さま、良かった意識が戻られたのですね」
ん!?
いつも語尾に付く『です』がないぞ。
どうした、ついに壊れたか?
「わかったから。つらいんだよぉ!」
「すみません……今しばらくご辛抱下さい。今は楓も動くことが、できません」
「どうした、いつもと違うようだが」
「あの女の行動で、ご主人が危険状態となりました。緊急対応で、楓が溜めていた分の魔波動を、ご主人に注入したのですが量が足りなくご負担の軽減を行いきれませんでした。申し訳ございません」
そう言われれば、俺の意識はしっかりとしているが、体は鉛のようで、腕を上げることも、首を動かすこともできない。
楓は、俺にエネルギーを回したため、動力が不足している。
こうして意識を保つことができているのは、そのおかげか……
実際、楓がいなかったら危なかった。
「ご主人の魔波動と生命力のほとんどを吸い出してから、あの女は、霊体に力を無理やり投入して安定化を目論んだようですが。その努力もむなしく霊は再度の暴走を起こしました、そして教室の破壊を始めました。その際に吹き飛ばされて、今は奥で倒れております」
「なんだって!? 大丈夫なのか?」
あの女って、霧先先輩の事だよな。
「はい、おそらく命に別条はないかと思われます。ご主人はただ今、大気中の力を集めております。あと数分で動くことが可能でしょう。動けるようになりましたら、楓を置いてそして、ここから退散してください」
なに、退散だと?
どういうことだ? それに、なにかうめいている声が断続的に聞こえてくる、あれはいったいなんなんだ?
「おい! 楓、おまえは大丈夫なのか?」
「今は……最低限の意識レベルになっております、お恥ずかしいのですが話すのが精一杯となっております」
おいおい、なんだかピンチじゃねーか。
しかし、霧先先輩に抱きつかれたことまでは、何となくだが覚えている。
おっ! だんだんと体の感覚が戻ってきた。うん、指も動くし手も握れる。
「よし、楓!! 腕の感覚が戻ってきたぞ」
「それは、ようございました、では楓の体を退けてください、そのまま、この部屋より外へおにげく…」
「いや、このままでいい、今度は、おまえが俺から力を吸い上げるんだ」
「……えっ!? しかしせっかくご主人の体が動けるまで、ご回復されてきておられるのです、楓などに力を与えては、また動けなくなってしまいます」
「いいから、吸い上げろ、命令だ!! それから打開策は考える」
「……ご主人うっ!? ううぅぅ、わあぁぁぁん」
……泣くなよ、しかし、なんでこんな機能を有しているんだ。
涙で背中がリアルに生温い、正直に言わせてもらえば、シャツがへばり付いて、あまり気分が良くない。せっかく乾いてきてたのに、また『ビショビショ』だ。
「わかったから、さっさとやれ! 」
「ご主じんざぁま……あじがどうごじゃいまずぅぅ」
メチャクチャだな、普段の楓とまるで別人……
いや、別の機械アンドロイドのようだ。
そんな事を考えていると、楓は俺から力の補給を始めた。
俺の空間からの力を吸い上げる能力は、思った以上にあるようだ。楓に吸い上げられるのと、取り込む量がなんとなくだが、わかるようになった気がする。
確実に集める量が上回っている、気がした……
「ありがとうございますご主人、これで何とか、動けます」
「よし! 俺も動けそうだ」
背中に張り付いたままでいる楓の重量が、かなり軽減されている。
楓は体重を…いや重量の制御でもできるのだろうか? 背中に張り付けたままで、起き上がった。
「そのままでいい、くっついておけば、もう少し回復できるだろう」
「……すみませんご主人、現在は総魔動力12%まで回復させていただきました」
「……そのままでいい続けろ」
振りかえると、まず荒れ果てた室内の惨状が目に入る。
机などが置いてあった場所の器材は、室内中に散乱していて、足の踏み場もないぐらいの惨状と化している。
一言で言って、『廃虚化』をしていた。
粉々の木材と、『ぐにゃぐにゃ』のスチール、これは恐らくは元は机などだろう。文化祭に使う道具だろうか、塗装されたベニヤ片が壁に突き刺さり、窓ガラスはすべて割れている。
さすがに、これだけ騒がしくすれば外部から教師や人が来るはずだが。誰も来ない。助けは望めそうにない……
「ううっ」
窓際の残骸からうめき声が聴こえた。断続的に聴こえてくる別の声は、入り口側小山のような残骸の裏から聴こえるが、そちらは、怖いので後に回す。
俺は窓際に移動して、ベニヤ板をどかした。その下から現れたのは、気を失なった霧先先輩だった…
「霧先先輩!? 大丈夫ですか? しっかりしてください」
だめだ、完全に気を失っている。
ピクリとも動かない……もしや!? お亡くなりになっているのでは?
心音を確認しようと、霧先先輩の豊かな胸元に顔を近づけようとする。だが、寸前で背中を引っ張られてしまう!?
邪魔をするなや、俺は大人になるんだぁ。
「ご主人、彼女の心拍数および、脳波に大きな乱れはございません、それは完全な迷惑行為防止条例にあたります、それに校則違反です。そのような行為をやるなら、ぜひ楓で……」
「わかってたよ! 無事なのは、ごめんなさいぃぃ」
最後の言葉セリフに突っ込んだら俺の敗けだ。
未遂です! 大事な場所に表皮細胞は触れてません。
「ひとまず、ここから出よう、楓は体の状態はどうだ?」
「はい、先ほど、説明をさせていただいた状態と変わりありません、移動するだけでしたら、問題なく稼働できます」
何となくだが、あの語尾に付く『です』がないと、違和感を感じてしまう俺がいる。
俺の頭は、いよいよおかしくなってきたようだ。
「よし! 霧先先輩を運んで、ここを出るぞ」
「ご主人、この方を誰が運ぶのでしょうか?」
「おまえだろぉ! 俺が触れると違反になってしまう。それにひと一人抱えるなんて、できるわけないだろう」
「……すみません今の楓では、この方を運ぶ力を出すことは難しいとお伝えいたします」
そうか……じゃあ仕方がないな、俺が運ぶしかないか。
お姫さま抱っこで……よいしょっと!?
「楓、無理だ…!!」
持ち上がらねーよ。
さすがに楓と違って、普通の重量がある。
それに意識を失った人は、力が抜けきっていて扱いにくい。
別にそういう気持ちは、少ししかないけど。女の子は、なぜこんなに柔らかいのだろう。
太股の裏は『しっとりとしていて』手に吸い付くようだ、それに指先は、柔らかいお餅に触れているようで、指先が埋まってゆく。ワイシャツ越しの肩は熱いぐらいの体温を俺の手に伝えてきている。
などと考えていたとき、首筋に強烈な痛みを感じたぁぁ――痛いぃぃ首の皮膚がぁ、お肉ごと引っ張られてるぅ。
何事だぁ!? あまりの痛みに、俺は慌てて両手を首筋に回す。すると手に触れたのは、さらさらとした頭髪をした頭部だった。
「あぁぁぅ!? いってえぇぇ!! 止めろぉ楓ぇ、噛みつくなぁあ」
「はぁふぅむむむむぅぅぃ!!!」
あまりの痛みで、俺は直前まで持ち上げようとしていた者がいたことを、忘れてしまった。
頭部と脚部を少し持ち上がった状態から、手を離してしまった。結果は、床から30cm程の距離を無意識の頭部は垂直落下もちろんムチっとした太股も同じだ。
頭部は床に当たると、重量感と内部に響くにぶい音が起こる。
それは、スイカを落とした時と変わらない音だった。
その音を聴いて、俺は思わず楓に噛まれている現状を忘れ去る。ヤバイ音がしたよ……
「んぅぅぅうぅ、いたぃ……!? あれっ千丈くん?」
どうやら、今の衝撃で先輩の意識は覚醒したようだ。
俺は霧先先輩の安否確認を行う前に、まず自分自身の状況を改善せねばならない。
最新投稿はTwitterで投稿時期のお知らせ、報告をさせていただきたいと考えます。http://twitter.com/yasusuga9
ご意見やご感想は"楓"が責任を持ちまして、ご主人にお伝えするお約束をいたします。