楓湖城の探検080
夢を視ているのか……いや、観せられているのかな。誰にって? そうだな強いて言うなら、それは俺かな?
記憶の奔流が、脳内のシナプスを駆け巡る。睡眠の間で海馬に溜まった一時記憶が、大脳皮質に移って長期記憶に変わっていく。その際に夢を視るらしい。
……そう教えてくれたのは誰だったかな?
まあ、いいや。それより闇の中で黒い影を感じる。
楓か?
そう訝かしんで目を細めたが視えない。でも気配がまったく違うのに気づく。
まぁ、こんなところに誰が……ん? なぜ俺は違和感を覚えるのんだろうか? わからん……
「ここは何処だ?」
場所なんて関係ないか。たしか睡眠中で夢を自覚する事を、明晰夢というのだったかな?
「……ふぁあぁ……」
それにしても強烈に眠い。
まったく、俺は夢の中なのに、どれだけ寝る事に貪欲なんだろう。
「だめだぁ……もう少し……」
意識が棒漠として、時間や前後関係が曖昧だ。大切な何かをしていた気がするが思い出せない。
「はぁ、なんですか?」
目の前に立つ男性が手を伸ばす。反射的に握り返そうとすると座った状態の身体が引き起こされる。そのまま引っ張られてしまう。
『……さあ、行こう』
「何処に……ですか?」
『……しっかりするんだ。帰るべき場所は、もうすぐそこだ』
「帰る場所。えっと、どこにですか?」
『……君たちの……だ』
「はぁ? よく聞こえませんし、それより凄く眠いんですけど」
しかし強引な夢だな。
どうせ引っ張られるなら、素敵なお姉さんの方が断然嬉しい。が、本心は別なのかも知れない。俺は年上の男性に引っ張られたい願望でもあるのだろうか? だとしたらちょっと嫌だな。
夢とは普段、表に出ない深層心理の感情が引き起こすと言う。フロイトだったかな?
『……君にはお礼を言わせてもらおう。ありがとう』
「えっと、なんの事です……か?」
改めて男性を見ようとするも焦点が合わない。どうも、ぼんやりとだが洞窟のような場所を歩いているようだ。
『……君達は私のやり遂げられなかった事をしてくれた。そして、かけがえのない大事な人達を、危機から救ってくれた』
「えっと……何の事ですか?」
『……謙遜しなくて良いぞ』
「危機って何ですか?」
『……起こりえる災害を未然に防いでくれた』
「はぁっ?」
俺はなんて夢を見てるんだ?
『……この地下空間に遺された装置の暴走が、街への大災害に繋がるはずだった』
「地下? 何ですかそれ? それに装置って何ですか?」
『……過去の遺物を君達は見たはずだ』
「い、遺物?」
なんだこの変な夢設定は……?
『……旅館を覚えていないのかい?』
「ん? りょ、りょかんって、急に何を……」
あれ?
聞き覚えがある気がする。それも、つい最近…… ダメだ思い出せない。でも、大事な事だったような。
『……あれは誰も想像すらしてなかった。防衛装置も暴走を起こし黒いモノが溢れかえった。君達が退けた奴等だよ』
「く、黒い存在? 退けた……」
なんだ? 俺は焦りを感じてるんだ。けど、その脳裏に浮かぶこの光景は……現実離れした景色は?
溢れかえる黒い存在達に、濃密な高温蒸気……
“ どんな状況でも諦めないで足掻くの、です。そう教えてくれたのは、ご主人じゃない、ですかぁ? ”
あぁっ!?
そうだ楓に俺が頼んだ。あいつは暴走し始めた装置に向かって……
“楓は万能ではないの、ですよぉ。ただ、泳いで追いつくから平気なの、です。危ないので先に行って欲しいの、です”
……そう、だった。
それで、俺は地上に向けて真っ暗な中を移動……
『……そろそろ時間のようだな』
そうか、
俺は誰かの助けを求めていたんだな。それが形で現れた。しかし長い夢だ。
「黒い存在を防ごうとしました。地下に向かったのは、それが理由です。そこで、俺達は装置を見つけてしまった。黒い奴らが発生する防衛装置は……」
頭上で熟睡する小尾蘆岐が頑張って止めてくれた。
その後で、大きな白い化け物が現われて白楓が……
「しかし、よく寝てるな」
力なく垂れさがった小尾蘆岐の細い腕が揺れていた。白楓は寝たまま脇腹にしがみついている。
本当は後ろにもうひとつ存在があった。……だが、今はいない。
「それに、こいつらだけじゃなく、頑張ってくれた奴がいるんです」
それは置き忘れてきたモノだ。さっさと回収しなくちゃいけない。その為に暗い通路を歩いてきた。
きっとこの夢は、俺の焦りと、願望が観せているのだろう。そろそろ現実に直面する時間だ。