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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第三章 楓湖城の探険
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楓湖城の探検077

 どのくらい時間が経過したのだろう……

 寄りかかった扉に僅かな動きを感じて、意識は深い闇の底より呼び戻された。


 覚醒に伴い目を開ければ、辺りは漆黒の闇。

 一瞬(いっしゅん)焦りを覚えた。だが、どこにいたのか思い出すと、肩に乗ったままの存在に向かって声を掛ける。

 ……まあ、寝起きなんてこんなもんです。


「おい、小尾蘆岐(こおろぎ)?」


「…………」


 問いかけに対して返事はなかった。

 頭上に居座る小さな魔女は、覆い被さるようにして脱力。腕を首筋へと垂らす。

 腹部に抱きついた白楓も、俺の太腿の上で動く気配はなかった。


 双方からは(いびき)こそ聞こえてこないけど、規則正しくも微かな呼吸の動きから、熟睡状態だと理解する。暫く様子をみるが、目を覚ます気配はない。

 ……気持ちが良さそうだ。


「当然だけど、疲れてるんだな……」


 ここまで頑張ってくれた事を思い出すと、叩き起こすのも気が引けてしまう。


 ……さて、困ったなぁ。


 対処に悩みながら顔を上げる。すると、ある変化が起こっているのに気づく。

 視界の効かない世界に居続けると、些細な事象にも敏感となるようだ。


「ふむ、これは……なんだ?」


 そこで感じたのは、ごく微かな風の流れる感覚。

 ゆっくりとした動きで立ち上がり、流れを辿(たど)るように扉へ手を這わせる。すると指先が境目に触れて、更に奥へと進む。


 ……どういう事なのだろう?


 全力で開けようとしても微動だにしなかった。そして最後には、苛立ちを込めた全力の蹴りをぶちかます。でも、どうする事もできなかった。

 そんな強固な扉に隙間があって、疑念が生まれる…… けど、


「チャンスだな。また閉まっちまう前に……」


 隙間に身体を滑り込ませると、反対側へ抜ける。


「あっさり行けちゃった……さて……」


 踏み込んだ先。

 そこで反響する音を聞けば、だいたいの大きさが予想できた。

 ……おそらく同規模の洞窟が続いている。


 ここでも空気の流れを感じた。それは、ごく(かす)かだが、冷気を含んだ風だ。

 きっと、この先が外界に通じると信じよう。


「とりあえず進むか……それに」


 こいつらには、もう暫く休養が必要だろう。

 そう考えて、無理に起こす行動は取らない事にした。壁に片手を添えて歩き始める。

 ……まぁ、どうせ途中で起きるだろう。なんて思いながら。


 **


 その後も洞内を進んでも大きな変化はない。

 足を動かした感覚だけが、移動した距離を実感できた。進行方向は空気の対流を(さかのぼ)るしかなく、方向感覚はすでに怪しくなっている。

 ……戻ってないことを祈るばかりだ。


 変わることのない足音が洞内の岩壁に反響して、闇の奥へと伸びていった。


「どんだけ長ぇぇんだよぉぉ……」


 全力の叫び声も遥か先へ……

 こんな状態が続くと、心が折れそうだ。どのくらい進めば、出口になるのか切実に知りたかった。それに騒がしかった二人が無反応なので、まるで独りぼっちのような孤独感を感じる。

 ……ずっと鬱陶(うっとう)しかったけど……はぁ……


 ため息をつきながら、闇の虚空に目を向けてながら歩く。すると、背後からの違和感を感じた。


 ここに自分達以外の存在はいない。だけど俺の感覚が、勘違いではないと訴えている。

 それは微かな気配とでも言うべきモノで、立ち止まって振り返った。


「……ふーむ。視えんな?」


 けど、はっきりとした視線を感じる。物理的な物音を発しない何かが、こちらを伺っている。

 それに、理由(わけ)はわからないけど、大まかな距離感が掴めた。


 おそらく五十メートル程の後方で(たたず)んでいる。

 物音を立てないように注意して移動すると、一定の距離感を保って追従してきた。


「……ふむ、黒騎士のような奴じゃなさそうだな。独りぼっちは嫌だって考えたけど、変なのを呼んだつもりはねぇ……なんだろう?」


 可能性が高いのは、数多く遭遇したあの黒い存在達だ。でも、どうやら違う。


 今までの経験上だが、無音で行動をする奴はいなかった。

 ただ、一定の距離感を保ちながら追従し続けるなら、それ以上の速度で戻って確認する必要がある。


 それに暗闇の中だと、苦労して近づいても相手が見えないだろう。

 だから近づいて来なければ問題ないと判断する。危険な感覚がしなかったのも大きく、敵意や威圧感も皆無だった。

 ……浮遊霊かなにかな? 旅館までの間にもいた気がするな。しかし…… 


「こんな状況でも熟睡していやがる。……まったく、子供かよ。危機感がねぇ」


「……むにぃ」


 小尾蘆岐は、寝言とも違う吐息をつくと、頭部に抱きつく腕の力を上げた。

 ……それは子供じゃないと抗議している気がした。そんな自己主張を寝ながらしてくるのが怖ろしい。けど、


「まぁ、白楓の腕力も、だいぶ強くなった。……あと少しだな」


 こんなチンチクリンでも、やるべき時は働いてくれる。

 ……きっと俺の休んでいる間も、治療を続けてくれたのだろう。


 お陰で白楓を支える負担が軽減された。

 今は短い手足を伸ばし、胴体にしがみついているので、支える必要はなくなった。


「でも、やっぱり疲れるなぁ……ふぅ……」


 楽になった面もある。だが、小尾蘆岐が寝ると能力は完全に消失する。

 回復の魔女が持つ筋力向上及び、痛覚遮断のドーピング効果がなければ、両脚には二人と、背負う荷物の重量負担が掛かり続ける。

 だけど、走り回るわけではないので、どうにか動けた。

 ……途中で、小休憩を挟む必要はあるけど。


 それよりも、精神疲労の方が大きい。

 漆黒の世界で行う移動は、想像以上に精神力を削がれる。 

 ……ちゃんと進んでいるのだろうか? そんな不安が募り続けた。


 黙々と歩き続けて、洞内が広くなった場所に到達。足音の反響が遠くなった事で、空間の広がりを把握した。こうなると、堪えてきた欲求が湧き起こる。


「うーむ。不味いな。さて、こいつらを目覚めさせよう」


 たぶん歩き始めて三十分以上が経過した。

 出口に通じる目処が立たずにいる現状と、どんな場所にいるのか不安が募る。狭い場所ならまだしも、広い空間はまずかった。


 目隠し状態で付近の状況把握ができないと、足下が競りだした岩の上にいる可能性も考えられる。

 一歩進んだ先が、ぽっかりと空いた奈落の底ではないとは言い切れない。


 こうなると、白楓のナビゲーションを切実に希望する。


「なぁ、そろそろ起きてくれませんか? ……おーい。いい加減に起きろ。くすぐるぞ……ほらぁ!」


「…………」「……むぅ……」


 ……うーむ。ダメだな。

 寝る子は育つとは、よく言ったもんだ。寝付きは素早くて、規定の時間を経過しなければ、絶対に起きない。


 そろそろ闇雲に進むのに限界を感じ始めている。

 だから声を掛けて揺すってみたり。くすぐったりもした。だけど覚醒に至らず、迷惑そうにして避けるだけ。

 僅かに身体を動かすのみ。それ以上の反応はない。


「白楓は何となくわかるけど、小尾蘆岐は高校生だろうが。……はぁ……」


 仕方なく起こすのを諦めて、もう少し先を目指して慎重に進む事にする。


 ここで目覚めるのを、黙って待ち続ける訳にいかない理由がある。

 俺には探さないといけない()があったからだ。


「さて、頑張ろう……」


 疲れの溜まった身体に気合いを入れて進み続ける。

 すると、人工的な平面の壁に触れていた感覚が消えて、代わりに表面が荒々しい岩の感触になった。徐々に起伏の激しい、岩登りの様相へと変化する。


 正面の岩を回り込んで反対側へ。手の届く範囲を慎重に登りながら、次を迂回して進む。

 そこは、もはや俺の大きさを優に越える巨石の斜面だった。


「……ふぅ。登っているから、外に近づいているのかな?」


 返事を期待しない独り言を呟く。答えはなかった。


 しかし、こいつらは本当によく寝ている。いや、むしろ寝過ぎじゃね?

 これだけ揺れれば普通は起きるだろうし、それに落っこちないのが不思議だった。


 ……本当は起きてるんじゃねえのか?

 そんな風に考えていると、足は平坦な面を捉える。


「んっ! 頂上かな? なんだか、だいぶ登った気がするけど……」


 足元の小さな石を拾い上げて、背後へ放り投げる。

 数秒のタイムラグを経てから、転がり落ちる反響音が届く。振り返るも何も見えない。

 ……まぁ当然だけど。

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