楓湖城の探検075
「今度ふざけたら、マジで置き去りにするからな」
小尾蘆岐がいるだろう位置を予想して声を掛ける。
「せっ、千丈ぅ……どっちだにぃぃ?」
すると小尾蘆岐は、洞内で反響する声に混乱して明後日の方向に向かい始める。徐々に離れていく感覚が伝わった。
……ちっ、面倒だな……
「うなぁ……」
そう思ったタイミングで白楓が声が上がる。
それを聞いた瞬間に反転して、一直線に近づき始めた。這いずる際に出る音が大きくなってくる。
……何故だ! なんでわかった?
「ありがとうにぃ。場所をちゃんと教えてくれてにぃ……」
どうやら白楓が送った合図は伝わるようだ。
……ほんとうに、あれでよくわかるな。
この小さい存在同士は、ちゃんと意思の疎通が出来ている。
疎外感を感じているのは、俺だけなのだろう。
……そんな事を考えていると、小尾蘆岐が足に縋り付いてきた。
「千丈、発見だにぃ。もう離さないだにぃ!」
「なあ? そこにくっつかれると歩けないんだが……」
「また僕を置いて行く気だにぃ! 絶対に離れるもんかにぃぃ」
……ふむ、反省の色がないようだな。
試しに脚を動かしてみる。ちょっと重たいが、問題なく歩けそうだった。
……よし、これなら行ける。
小尾蘆岐を足に装着した状態で、奥に向かって進む。
引きずっているけど、俺は気にすることなく歩き続けた。すると小尾蘆岐が騒ぎ始める……
「こらぁ! この人でなしにぃ。引きずるのは止めるだにぃ!」
「だから、歩きにくいって。離れて隣を歩けばいいだろう?」
「いぃぃ、嫌ぁだにぃ……」
……楓か?
「……じゃあ、どうすればいいんだよ?」
「腕を組んでくれるなら、歩いてもいいだにぃ」
……それは嫌だな。
「白楓を抱えているから却下だ。お尻がすり減るだろうけど、たいしたことないだろう? 自分で治療しろよ」
「僕が傷物になるだにぃ。責任を取ってもらうにぃ!」
「責任? ……お前は八百屋の果物なのか」
……商品の傷みを理由にして、買い取りの要求をしてくるなど恐ろしい。この悪魔店長め……
「僕の肌は桃より繊細なんだにぃ。だから、責任を取るのは当然だにぃ!」
……あぁ、そうですか。……って、知るかぁ!
「どうせザックリいったって綺麗に治せるだろ。いいからさっさと離れろよ。……そもそも、さっきだってどっかに行ったのはお前だろうが。俺は動いてないんだぞ」
数歩分だけ下がって、位置を気取られないように黙っていたのは言わないでおこう。
……別に嘘はついてない。
「うぅ……詭弁だにぃ!」
「それは違う。これは詭弁ではない事実だ。ちゃんと言葉の意味を把握して話せ」
「うぐぅ………」
反論の出来なくなった、ショボい魔女は黙り込んだ。
ちなみに詭弁とは、相手を欺く虚偽の論法の事である。
……うん、事実を隠して、都合の良いことだけを言う。これは詭弁でしたね! てへっ。
これで少し静かになるかと思ったけど、結局キレ気味になって叫び始めた。……けっ、乱暴者が。
「そっ……そんなことよりぃ! いい加減に歩みを止めるだにぃ。繊細なお尻が摩擦で、あっちっちなんだにぃ」
「だから、手を離せば良いだろうが。それで解決だ」
「置いていかれるのは、本当に嫌なんだにぃ……」
……この、寂しがりやめ。
「わかったよ。置いていきません」
はぐれた場合は、不可抗力ということで……
「意図せず、置いていくのもなしだにぃ」
相変わらず勘が鋭い。
こいつは、俺の表情を見て判断しているような事を言ってたけど、こんな暗闇の中でも把握が出来るのだろうか?
まったくもって謎だな……
「返事がないだにぃ……」
「あぁ、わかったよ……」
仕方なしに、その場で立ち止まる。
「じゃあ、よいしょっとだにぃ」
すると立ち上がって、リュックをよじ登り始めた。そして、いつも通りの位置に収まる。
小尾蘆岐はご満悦のようだ。
表情は伺えないけど、わかってしまう。慣れって凄い。視覚に頼らずとも支障がない。
……実に普段通りだった。
「やっぱり、そこに落ち着くのか……」
「僕の定位置だにぃ!」
これ以上の言い争いは時間の無駄だ。そう考えて歩き始める。
すると白楓が声を上げた。
「うなぁ……」
「ふむだにぃ! 千丈その先で、洞窟が左側に曲がっているにぃ」
「はァっ? なぜわかるんだ」
「白楓ちゃんが、教えてくれるにぃ」
……見えてるんだ。伊達に赤い眼をしてない。
楓ばりに感知できない何かが見えているようだった。そして、小尾蘆岐の翻訳スキルが上達している。
……いつの間にレベルアップしたんだ?
「うなぁ、あぁ……」
もう一度叫ぶ。だけど、小尾蘆岐が黙っているので、何を言ってるのか理解できない。
ただ翻訳をしないので、緊急性のない事だろう。そう思う事にして……
「ありがとうな。教えてくれて」
とりあえず褒めて。頭を撫でる。
「うあぁ……」
「なんで誉めるにぃ?……」
そうすると白楓は嬉しそうに、身体を擦り付けてくる。
……小尾蘆岐の反応を聞くと、俺の返答は見当違いだったようだ。
……だが、どうでもいい。
白楓の掴まる力はだいぶ強くなってきたが、自力でしがみついてはいられないようで、俺が押さえていないと落ちそうだった。
……完全回復には、まだ時間がかかりそうだな。
「なあ。白楓の体は、どのくらいで治るんだ?」
「さすがにあれだけの怪我は簡単には治らないにぃ。もうしばらくかかるにぃ。……あとは骨芽細胞が骨形成を終えれば、ある程度の力が出せるはずだにぃ。今暴れると、ぐちゃぐちゃになっちゃうにぃ」
「よくわからんけど。俺の骨折は、すぐに治ってなかったか?」
「損壊状況が違うにぃ。千丈は生きた組織が断裂したにぃ。死んだ細胞は僅かだにぃ。対して白楓ちゃんは、大半の組織がダメになっていたにぃ。一度その細胞を分解して再構成する必要があるにぃ」
「そりゃ、大がかりになりそうだな……」
「そうだにぃ。固まる前の粘土と、硬化した後の粘土をイメージして欲しいにぃ。柔らかい状態なら、形が崩れてもすぐ整形できるにぃ。だけど硬化した粘土は、崩壊すると簡単には直せないにぃ」
……割れて波打った部分を整形して、新しい粘土で形を再造形する。再び硬化する前に動かせば、固い部分を残して分解してしまう……そう小尾蘆岐は話した。
それを聞いて、白楓の負担を軽減するべく、腕を回してしっかりと抱きしめる。
……あともう少しの辛抱だからな。