楓湖城の探検074
どのくらい、その場でじっとしていたのだろう?
数分とも、数十分とも感じる時間が経過して、沈黙は白楓の声で破られる。
「うぁぁ……」
「白楓ちゃん、どうかしたにぃ? ……あれっ、音がやんだにぃ」
体の奥へ響くように聞こえ続けていた音が聞こえなくなっていた。いつの間にか揺れも収まっている。
そこにあったのは、本当の静寂だった。
「崩壊が止まった? ……終わったのか」
「そうみたいだにぃ。……ねえ千丈、これからどうするだにぃ?」
どうするか? ……そうだな、ここにいても楓が来るわけがない。
この大量の土砂が隔てる向こう側にあいつはいる。今の俺達は、どうすることもできない。
ここにじっとしていても仕方が……そうだ。
一度地上に戻って旅館まで行ければ、さっきの地下空間に降りられるかもしれない。
そう考えれば早く行動に……あれっ?
「うぇえ……なんだか明かりが薄暗くなってないかにぃ?」
「……なあ? 動力源は制御装置の中だったよな。もし稼働しなくなると……」
「……あうぅあぁぁ」
白楓の上げる声は、なにを伝えたいのか理解ができない。だけど……小尾蘆岐が翻訳してくれる。まさに、その通りとなった。
「白楓ちゃんは、照明が消えると言っているにぃ!」
そう喋るのと同時に、洞内を照らしていた明かりが完全に消失する。
……なんてこった。
「……なあ、踏んだり蹴ったりだな」
「そうだにぃね。でも、これで動力源が完全停止したということにぃ。もう爆発の危機は……」
「なくなったのか……」
……あぁ、やり遂げてくれたんだな。
「おとうさん、……もう安心だにぃ。ありがとう楓ちゃん」
小尾蘆岐の言葉を聞いて、本当に良かったと思う。
……残すは楓をもう一度迎えに行くだけだ。それで帰ろう。あの街に……
「うぁあぁ……」
帰ろうと考えたら返事があった。
……こいつも俺が考えていることをわかるのか? それとも野生の勘だろうか。まあ、好きに解釈すればいいや。
「よし、白楓も帰ろうな。俺の部屋は狭いから覚悟しとけよ」
「うなぁあぁ……」
「楽しみだと言ってるにぃ!」
……こいつマジで凄いな。
「なあ、小尾蘆岐? 本当に白楓が言っていることがわかるのか?」
「わかる…… 気がするにぃ。そう解釈をしているだにぃ」
……なんだ、山勘か。
それでも間違っている気がしないのが、不思議な感覚だった。
……おっ?
「うあぁ……?」
「急に来ると、びっくりするだろう……まあ、別にいいけど……」
「ふあぁ……」
白楓は満足げな声を発しながら、胡坐をかいている膝の上に乗る。
俺は、そのまま抱えるようにして立ち上がった。小尾蘆岐も横で立ち上がった気配がする。
「しかし、何も見えないな」
完全な闇の中。
これでは、目を開けている必要性がまったくない。
閉じていようが、開けていようが同じだった。
「完全に光源がない状態だにぃ。月のない夜でも多少の光が地面で反射するから、感覚を鋭くすれば見えるけど、こうなるとさすがにだめだにぃ。たとえ増幅式の暗視装置があっても役に立たないにぃ」
……そう言えば小尾蘆岐の能力が発動しているときは、かなり良く物が見えていた気がする。
もう一度、懐中電灯のお世話になるとは思わなかった。
「じゃあ、懐中電灯を使おうぜ」
「千丈が背負ったリュックの横に入っているだにぃ……今取り出す……にぃぃ?」
「どうした?」
「えっと、な……ないだにぃ……? あれぇ逆だったかにぃ……」
確かに入れたはずだと呟いて、小尾蘆岐は探し続けた。
背中のリュックが揺れる感覚が伝わる。だが、しばらくすると、溜息が聞こえてきた。
「はあ……どうも途中で落ちたみたいだにぃ。これだけ探しても見つからないから、たぶん、そう言う事だにぃ……」
……さて、困ったな。
右も、左もわからない漆黒の中。ライターでも、マッチでもいいから、光を発する物が無いと、この先どうしようも……あぁ、そうだ……
「スマートフォンのバックライトを使えば……」
ポケットから取り出して電源ボタンを押すが、明かりが灯る気配はない。
壊れてしまったのか、電池切れなのか判断ができなかった。
「電源が入らないぞ。小尾蘆岐の……」
「……僕のもダメだにぃ。いったいどうしてにぃ?」
……この手段は駄目か。
どうやら高温蒸気の影響で、壊れてしまったのかもしれない。
「代わりになるものを、リュックサックに入れてないのか?」
「うにぃ? ……かわりにぃね……」
小尾蘆岐がそう呟くと、再びリュックに手を突っ込んだ感覚が伝わる。
待つことしばらくして、なにか取り出した。そして、大声を上げる。
どうやら取り出した物を、高々と掲げている気がする。見えないけどわかるのが不思議だった。でも、よかったこれで……
「ライト交換用のバッテリーが、あっただにぃ!」
……電池だけあってもだめじゃん!
それを聞いて、音を出さないように細心の注意を払って後退りする。
すぐに背中が壁に触れて、腰を落とす。
白楓の頭をそっと撫でながら、声を出さないようにそっと口を塞ぐ。
「これさえあれば、なんてにぃ! …………うにぃ? ……せっ千丈、どうしただにぃ?」
「……」
……ボケが。ふざけやがって。
「ちょっ、ちょっと何処だにぃ? ……冗談はやめるにぃ……ねえぇぇぇ?」
辺りを動き回る小尾蘆岐の挙動がわかった。
どうやら四つん這いで動いているようだ。その音は、どんどん離れて行く。
……さて、どこに行くのかな?
「冗談はやめるにぃ……ねぇ? ……ぎゃあ! 痛ったいぃだにぃぃ……うぐぅぅぅ……ぐすっ、うぅぅ」
……ふむ、ちょっとは反省したかな?
焦って動き回って、壁に衝突したようだった。凄く良い音がここまで届く。
……しかも泣き出したようだな。
モゾモゾと白楓が動いているのは、小尾蘆岐を心配しているのかもしれない。
……さて、もういいか。