楓湖城の探検072
「じゃあ、さっきの穴に戻るぞ。楓が滝の中にある岩を破壊すると、上部の岩盤が崩落するかもしれない。とりあえず入り口であいつを待とう……」
「……うにぃ。ここが壊れちゃうだにぃか……」
蒸気の中央に小尾蘆岐は目を向ける。
俺もそれに習うが、煙る中心は今も見えなかった。背後に視線を巡らせると、遥か遠くまでの空間が視界に広がる。点在する明かりは、まるでイルミネーションのように輝く。
「ここも見納めだな……岩盤が崩れれば制御装置や、その内部がどうなるかわからないしな……」
「……だにぃ」
防衛装置はどうなのだろう?
いまだに白い化け物を生み出し続けているのだろうか?
ただ、この動力源が無くなれば、あれも生み出す力を失うと思われる。
そうなれば、ここもただの洞窟へと変わるだろう。
小尾蘆岐旅館にも影響はあるだろうけど、父親の決死の努力を無駄にすることが、これでなくなるはずだ……
そんな事を思いながら、脱出路に向けて傾斜面を登り始める。
白楓はまるで抱っこちゃんのようだった。
短い手足を懸命に伸ばして胴体にしがみつく。肩には小尾蘆岐が搭載されている。
……何だろうこのフル装備は? 保育園の保父さん状態だな。
「なんだにぃ? この場所は譲らないだにぃ」
「ふぁあぁぁ……」
見上げる白楓と、見下ろす小尾蘆岐が会話を行う。
ちゃんと意思疎通が図れているのに驚く。
「なあ、白楓の治療の続きは、そこから出来ないのか?」
「千丈を通して、ずっとやっているだにぃ。ただ、表面の皮膚細胞は完全に炭化して死んでるにぃ。内側に新しい皮膚を造って、古い表皮と入れ替えを進めているにぃ。あと、呼吸器部分に激しい炎症と腐食があるので、それも継続中だにぃ」
「随分とまあ、大怪我だな……」
楓の話を思い返す。
白い化け物の身体に、白楓が中に入って内側から吹き飛ばしたと言っていた。
あいつらの飛び散った肉片や体液は、強い腐蝕作用がある。何度か浴びて服が穴だらけになった記憶が甦った。
こんな小さな体で、そんな中に飛び込んだ。だから、これだけの損傷を受けたのか……
「……それに、やっぱり白楓ちゃんは、人じゃないだにぃ。僕もこんなに上手く治療ができたので驚いたにぃ。元々の生命力が大きいのもあるけど、あとは相性かにぃ。力の受け入れ方がすごくスムーズだにぃ」
まあ、白い化け物から生まれた時点で、人ではないだろう。
楓にちゃんと聞けなかったけど、なんらかの予測をしている感じがした。
……そういえば、まだ白楓を誉めてなかった。
「白楓、頑張ってくれてありがとう……」
「ふぁあぁ……」
感謝の言葉を聞いた白楓は嬉しいのか、俺の体を掴む力が増す。
そして顔を擦り付けてきたので、また頭を撫でる。
グリグリと押し付けられる感覚は、こそばゆく感じた。
「僕からもお礼をいうにぃ。ありがとうにぃ」
「うぁあ……」
気にしないで欲しい。そう返事をしているようだった。
相変わらず言葉にならない声を出しているが、俺は確かにそう感じる。そうして、足元の大小様々な岩が転がる斜面に目を向けた。
「……よいしょっと。傾斜面はなかなか苦労する」
「入り口まであと少しだにぃ。頑張るだにぃ」
ありがたくない声援を受けながら、登り続ける。
四角く石組みされた入り口まで、あと少しの場所に辿り着いて振り返った。
ちょうど、その瞬間だった……
「何事だ?」
制御装置方面からは、大きな音が聞こえてきた。
続いて激しい振れが起こり、慌てて屈んだ。両手をつけて、斜面を転げ落ちないように体勢を安定させる。
……どうやら、楓が滝を塞いでいた岩を破壊したようだった。
「すごい音にぃ……でも、振動が止まらないだにぃ。なんだか嫌な予感がするにぃ……」
「同感だ。これじゃあ、まるで地震だな……それに、ずいぶん大量の水が流れ込んでいる音がする……」
その激しい音は、止むことなく耳に伝わり、全身を震わせる。
制御装置までかなりの距離があり、それは遠雷のように空間の壁面に反射して四方から響く。
時折、大きな岩が崩れ落ちているのか、地響きを伴う強烈な振動を触れる地面より感じた。
「……なあ、地響きが近づいてきてねえか?」
四肢が感じる振動は、徐々に大きく、そして近づいてる気がした。
ただ、激しい轟音の中でハッキリとしない。
背後では、蒸気の以外に土煙も沸き立って、より一層の視界が悪くなっている。
「千丈の上からだと揺れっぱなしで、よくわかんないだにぃ?」
「うぁあぁあぁ……」
白楓が何かを訴えてくる。
必死のまなざしと声で、服を掴む指先にも力が入り俺の身体を揺すっていた。
……なんだ、どうかしたのか?
「早くここから去るべきだと言っているだにぃ! ……たぶんにぃ」
よくわかるな……
「そりゃ、まあ、そうだろうけど……」
だが、俺は背後から目が離せなかった。
蒸気の幕から、楓が飛びだしてくるんじゃないのか?
そう思うと、どうしても……
その時、小尾蘆岐が上部を指差しながら叫ぶ。
「やばいにぃぃ! 千丈早く中に逃げるにぃ!」
「いぃっ!? うおぉぉ!」
小尾蘆岐の叫び声に視線を上げる。
すると、入り口の上方で自動車ほどもある巨石が徐々に傾き始めていた。
やがて傾斜限界を超えると、倒れて転がる。それは、周りの大小様々な岩石を巻き込みながら、勢いを増して大量の土煙と共に雪崩のようになって迫ってくる。
……その進行方向に、目指す入り口があった。