表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第三章 楓湖城の探険
104/115

楓湖城の探検069

「……そうは見えなかったにぃ」


 楓の余裕たっぷり発言に対して、小尾蘆岐が呟く。

 それが気に入らない楓が嚙みついて騒動が始まった。


「うっさいボケぇ、です。それよりご主人の手をちゃんと治し続けるの、です。楓が冷めるまで、もうしばらくかかるの、です」


「やってるにぃぃ。しかし、なんでそんな普通なのだにぃ? そもそも体温は四十二度を超えると、タンパク質が固まるはずだにぃ」


 小尾蘆岐も負けてなかった。甲高く上下のステレオサウンドで騒がれるので、実にうるさい。

 ……しかし、こいつらは普通に話せないのだろうか?


「そんなわけがないの、です。バカなの、ですかぁ? チビのちっさい頭蓋骨に収まる脳の容量は極小なの、です。その程度の温度で体内のタンパク質が固まるはずなどないの、です。八十度近くで、高分子は水素結合の崩壊から変性を経て……」


 ……ちっ!

 もう我慢の限界だ。


「やかましいぃぃ! 楓は大人しく体の修復と、力の回復に集中しろぉ」


「いっッ! はィィィぃ、ですぅ」


「うぐっ! 急に怒鳴らないで欲しいだにぃ……」


 かしましいとはこの事か……しかし、楓は小尾蘆岐とこんなに話す奴だったかな?

 つい会話を絶ち切ってしまった。

 ……後でゆっくり語り合う時間ができるといいな。


「あと少しで登り終わる。ここを越えたら白楓の治療をしてもらぞ。騒いでいる場合じゃないだろう……」


「……わかっているだにぃ。ねぇ? ……ひょっとして、楓ちゃんが抱えている、その黒いの……」


「……まだ、生きている、です」


 ……急ごう。

 手足に力を込めて斜面を登る。

 何度か足元が崩れてずり落ちる。だが、踏ん張って体勢の維持に努めた。

 

 ただひたすらに頂上を目指し続ける。

 やがて縁を手が掴んで、身体ごと乗り越えると、外側へ転げ落ちる。


「よし、なんとかここまで来たぞ。白楓を……? それは……」


 楓が抱える、白楓とおぼしき()()を見て言葉を失う。あまりの変貌ぶりに茫然自失(ぼうぜんじしつ)となって立ち尽くす。

 その時、小尾蘆岐が叫んだ。 


「千丈ぉ、ちょっと離れるだにぃ!」


 俺の肩から飛び降りて楓の横に着地。

 黒い塊を引き剥がして抱きかかえながら座り込んだ。細く枝のように変わった腕を掴み能力を発動させる。


「おぃ、こんなになって、大丈夫なの……」


「言っただにぃ! 僕が必ずなんとかするにぃ」


 俺が出来る事はなかった。

 小尾蘆岐に任せっきりで、ただ見ている事しかできない……


 楓の話を客観的に聞いただけで、どこか安堵していた自分がいる。これでもう安心だと勝手に思い込んでいた。

 今更、認識の甘さを痛感する……

 

 そんな中、転げ落ちた体勢のまま楓が話し始める。


「……微かに繋いできたの、です。……楓の力を注ぎ続けて、生命活動だけは維持してきたの、です。できたのは、その程度が限界だったの、です」


 先程までの明るい様子は、なりを潜めている。

 俺の表情を見て、怒られるとでも思ったのかも知れなかった。

 ……責める訳がないだろうに。


「そうか、出来ることをやってくれたんだな。お前もまだ体が……!」


 楓に目を向けて気付く。

 全身は赤紫のまだら模様。皮膚が剥がれ落ちた部分は、薄い黄色と紫に変色している。

 傷ひとつなかった以前の状況とは、大きく変わってしまう。


 顔も背け気味で、こちらを向こうとしない。

 縮れた黒髪の隙間から覗く頬の皮は、顎にかけて剥がれて喉元に垂れ下がっていた。

 こいつも、こんなに酷かったのか……


「あまり今の楓を見ないで欲しいの、です。……それで我が儘を言いますけど、横に来て欲しい、です」


「……ああ、なんだよ」


 顔を背けて直視しないように気を付けながら、そっと楓の横に座った。

 小尾蘆岐が離れた事で能力が解けて、横顔には楓が放ち続ける強烈な熱を感じる。


 大火傷を負った楓は、力なく横たわり話しを続けた。


「ご主人がここに戻った時、制御装置に向かって歩き出そうとした事を覚えている、ですかぁ?」


「……あぁ、そんなこともあったな」


 ……羽交い締めにされて、止められたな。


「なんでご主人は、あの場所に向かおうとしたのでしょうか? ……ずっと楓は考えてたの、です」


 ……急にどうした?

 質問の意図を理解できずに、困惑の度合いを深める。

 そんな俺の心境を気にする素振りもなく、楓の話しは続く。


「近くにいけば、なにか思い付く……それは本来、楓にはない発想力、です。現状予測できる範囲で提示するのが精一杯なの、です」


 ……確かに、楓はずっとそうしてきたな。


「ご主人は、発想が柔軟なの、です。いくつもの、低い可能性を繋ぎ合わせて、可能にしてきたの、です」


 ……そんなに言うほどのことか?

 たいした考えでは無いと思うけど。大げさだよ。


「それは、人が持つ曖昧(ファジイ)な思考、です…… だから、楓はそうするべきだと思ったの、です……」


 ……なにを言ってるんだ?


「可能性を無限に引き出し、除外した論理をかき集めて、再構成を繰り返す。無理を……不可能を可能とする方法を模索した、です……でも違ったの、です」


 それは、柔軟じゃねえだろう。機械的な発想だな。

 それより……


「なあ、お前は体の回復に集中しろ。実は逃げ道を見つけてあるから、ある程度回復したら連れていくぞ」


 なんだか怪しい話になりだったので、言葉を切ろうとする。だが楓の話は続く。


「さすがご主人なの、です。でも、もうちょっとお話しをして欲しいの、です」


「そんなに時間はないだ……」


「大丈夫、です! ご主人()は必ず護るの、です。制御装置を壊していた奴はもういないの、です。あのちびっこが倒したの、ですよぉ……後でちゃんと誉めてあげて欲しいの、です」


 ……こいつが他の奴に対して、(ねぎら)う事を言うなんておかしいぞ。


「装置を喰っていやがった化け物は、鎌で斬り飛ばしても効果が薄かったの、です。最後は、ちびっこが躰の中にめり込んで、内側から吹き飛ばしたの、です。剥き出しの部分を粉砕してやっと倒せたの、です。ちなみに止めを刺したのは楓、ですよぉ」


「あぁ……わかった。白楓もちゃんと誉めてやるから……」


「ありがと……、です。……その時に楓は見つけたの、です。自分で解決策にたどり着けたの、ですよぉ……」


 ……はあっ?

 自分で……だと? ……嫌な予感が的中だな。

 どうせロクでもない事だろう。


「でぇ、ですねぇ。そこから楓は見上げたの、です。制御装置に流れ落ちてくる滝が見えたの、です。その水量は、かなり少なかったの、です。穴は大きいのに……」


 ……やはり、そうか……ん?

 楓はそこで真正面から俺の顔を見つめていた。視線が絡み合うと口角を上げる。

 ……もう、傷を隠す素振りは無くなっていた。


「やっぱり、もうその可能性をご主人は考えていたの、ですねぇ。あそこをどうにかすれば、制御装置内部の冷却効果を維持できるなんて考えてません、でしたかぁ?」


 ちっ……そりゃそうだけど……


「近くに寄ることは、普通の人間に到底できない、です。自分でいけないけど()()をしたかった。かといって楓に行けなんて指示ができなかった。……違う、ですか?」


「ああ、そうだ。だからなんだっていうんだよ」


「ひとことだけ、行ってこいと言われれば、楓は行くの、です」


 ……言えるか。


「ご主人は本当に優しいの、です。()()に危ない場所はちゃんとわかっていて、それでも諦めないで、何とかする方法を探し続けたの……です」


 ……


「でぇ、です。楓が思い付いたのは、ですねぇ……」


 ……止めろ……


「ここを水で埋め尽くせばいいん、ですよぉ」


 ……ほら、やっぱりロクでもない事を言い出しやがった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ