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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第三章 楓湖城の探険
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楓湖城の探検068

「うぅ……」


 小尾蘆岐の呻き声が聞こえた。

 頭上で浴び続ける熱気が想像以上に小さな体を蝕むだろう。でも、なんとか耐えてもらうしかない。


 「あと少しだ。頑張ってくれ……」


 足に触れて声を掛け続ける。

 それしかできなかった。だけど小尾蘆岐は大丈夫だと伝えるように、頭を掴む手で二度髪を撫でる。

 そして身体を後頭部に密着させて、能力の発動を続けてくれた。


 ……無理をさせて悪い。なんてそんな謝罪を口にしない。

 これは、俺がさせているわけじゃない。小尾蘆岐自身が選んだ行動だ。

 するなら感謝しかない。……だけど、恥ずかしいじゃないか。

 

 あと少しで、楓がいる場所。

 そう自分自身に言い聞かせて、屈みながら目的地へと移動を続けた。


 高温の蒸気は揺らめきながら、形状を変化させる。

 下から見上げると、実に幻想的な光景だった。

 天井から降り注ぐ照明を内部で乱反射させ、全体を七色に輝やかせる。だが、そんな美しい内側は、立ち入った瞬間に全てを焼き尽くす煉獄(れんごく)だ。

 ……瞬時に燃え尽くされるだろう。


 誘うように、死が目前に迫る。

 そんな境界の地表部分に僅かな隙間があった。かすかに震える身体を潜り込ませると、それが先に見えた。


 霞む視界の先に、赤黒い塊が横たわっていた。

 ついに楓を見つけた。俺はそう確信して声を上げる。


「楓、大丈夫か?」


 ……返事はなかった。

 近づくにつれてその惨状が目に入ってくる。背中に数えきれない程の大小様々な水疱(すいほう)が膨らむ。うつぶせで(うずく)まったまま身動(みじろ)ぎひとつしない。焦げた臭いが鼻を突く。

 わかったのはそこまでだった。


 熱気は激しさを増して、もはや限界を超えていた。

 細い針が幾重も眼球に突き刺さったような感覚が起こり、瞼を開け続けられない。

 手探りで這い寄って、指先に触れた腕付近を掴む。その瞬間に手の汗が蒸発する音が聞こえる。続けて皮膚が焼ける感覚と共に、より強い臭気が辺り一面に漂う。


 反射的に離れそうになる指先に力を込める。

 ……たとえ指が消し炭になろうとも、掴んだこの手を離すつもりはない。

 熱源から遠ざかるために、引きずり始めた。


「しっかりしろよ、もう少しの辛抱だ」


 楓の動作確認をしている余裕はなかった。

 だが一刻も早くこの場を離れたい。だけど力を込めた手足は砂地に沈んでしまう。

 踏ん張ることが出来ずに、同じ場所でもがき続ける。

 泳ぐように暴れていると徐々に動き始めた。涙が滲む目を無理やり開ける。


「千丈ぉ! あと……少しだにぃ……ぐッっ」


 小尾蘆岐は頭にしがみついて、必死に俺と自分自身の回復を続けながら叫ぶ。

 その間も熱気は全身の皮膚を焼け続ける。

 腕の表面は真っ赤になって、そこからは無数の水疱が沸き立つ。ある程度の大きさになると、中身の滲出液(しんしゅつえき)をまき散らしながら弾ける。

 残るのは、剝き出しになった真皮しんぴ

 すぐに患部は小尾蘆岐の能力で修復されていった。だけど、手足の感覚は既にない。


 手で掴んでいるのか、楓の腕と癒着しているのか……もはやわからない。だが、確かな繋がりだけを、腕を通して感じ続ける。


 小尾蘆岐に対して、俺は答えようとした。


「あ、ぁ……」


 喉が焼けて……声が……出せなくなっていた。

 呻くような声をあげながら、進まぬ移動距離にやきもきとする。頭を上げれば、小尾蘆岐は高温の蒸気に突っ込んでしまう。 

 ……まるで気分は蛞蝓(ナメクジ)のようだった。



 やがて、触れる地面は緩やかな傾斜を始める。

 それは徐々に厳しさを増して、体感で垂直に近く感じる急斜面へと変わり、崩れやすい砂地の斜面に両足と片手を突き刺して登り始めた。


 ここまで来て、小尾蘆岐の能力が損傷を上回る。

 徐々に感覚が戻ると、腕にかかる重量に顔をしかめた。


「重てぇ……」


「……女の子に、その言葉は禁句なの、です」


 おもわず呟くと喉が修復されて声が出た。しかも返事が返ってくる。

 それは楓の声だった。


「……大丈夫か?」


「なんとか一応、です。……すみません、さすがに、あそこで力尽きました、です」


 あそこまで来てくれたおかげで回収できた。

 蒸気の内側で倒れていた場合、どうすることもできなかっただろう。誉めておこう。

 ……そう心の中でだけ。


「……それで、白楓はどうだったんだ?」


 俺は振り返らずに問う。

 片手で楓を掴む。片手、両足を砂地に突き刺しながら斜面を登っている最中(さなか)

 体勢を崩してしまうと、まっ逆さまに転げ落ちる。


「……ご心配なく、です。こいつはここにいるの、です。……ぇ、白楓?」


 ……どうやら、腹に白楓を抱えているようだな。

 うつ伏せで丸まっていたので、俺から姿が見えなかった。けど、こいつはちゃんと連れて帰って来てくれた。その事実に安堵する。

 ……そういえば、名前を付けたのを楓に言ってなかった。


「お前そっくりだから、そう名付けた。お前を縮小したような容姿だろ。……実は親戚だったりするのか?」


「確かに見た目は姉妹品みたいなもん、ですね。……だけど違う、です。楓の方が断然かわいいの、です」


 ……なんだろう、この主張は?

 ロボットにも譲れない、何かがあるようだな。


「まあ、無事ならどうでもいい。……生きてるんだろうな?」


 ……ずいぶんと静かだな?


「……死にかけ、ですよぉ。このクソちびっこは、止めても勝手に突っ込んでばかりで、おかげでこの有り様、です。ご主人の願いじゃなければ、ほうっておきたかった、ですよぉ」


 楓は急激に回復していった。饒舌に話し続ける。

 この空間は力で満ちている。いってみれば溢れかえって暴走寸前だった。

 俺からも(わず)かだが、触れる手を通して流れていく。

 この様子なら楓と、白楓も大丈夫か……


「ちゃんと連れて来てくれたんだ。……悪いな俺の間違いを、お前に負わせちまった」


 ただし、頼んでねえけどな。


「……い、いぃの、です。当然なの、です」


 なんだこいつ、ひょっとして照れてるのか?


「楓ちゃんが、恥ずかしそうにしているにぃ」


 そんな雰囲気がしたよ……


「うっさいボケチビ、です。これは熱傷のせいなの、です……すぐに直すの、です。しかしぃ…… かわいい透けすけの下着は耐えられなかった、です。燃え尽きたの、です」


「ワンピースはちゃんとリュックに入れてあるから安心しろ。しかし、お前の体はどうなってるんだよ?」


 数百度の熱にも耐えるとは……


「このぐらい余裕綽々、ですよぉ」


 ……さっき力尽きたって、言ってたよな。

 この後に楓の発言に小尾蘆岐が呟く。それに反発する話しが続いた。

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