楓湖城の探検067
「うぅ、まんま洞窟だにぃ。カマドウマがいそうだにぃ……」
「そういえば、ここでは虫を見かけないな。……えっと、それって蟋蟀みたいなもんじゃないのか、仲間だろ?」
……別名は便所コオロギだ。暗くて狭い場所を好む。
洞窟の天井などに数百匹単位で張りついて、長い触覚を動かす。見る者に相当な恐怖体験を植え付ける虫だ。
……そんな想像をしていると、頭上の小尾蘆岐が暴れ始めた。
「僕はあんな虫じゃないだにぃぃ。名前も漢字が違うだにぃ!」
そんなことわかって……って、おいぃっ! 頭髪を引っ張るなぁ。
「大事な友達が減っちゃうだろうが、髪の毛はマジで止めてください。小尾蘆岐と同じ読み方だから、からかってみただけだって」
「二度と言うなだにぃ! ……ちなみに頭髪を増やすのも、減らすのも自由だにぃ……僕のご機嫌はとっておくべきだにぃ」
……それは、実に夢のある話だな。
その時が訪れたら頼もう。父親を見ていると焦りを感じてしまう時がある。
さて……
「よし、そろそろ中に入るぞ。さっき流れてきた蒸気の影響も少なくなっただろう」
「……そうだにぃね……はぁ」
どうやら、ため息をつく様子を見る限り、虫がかなり苦手なようだな。
今度から常に携帯しておこう。実に名案だ。
そんなことを考えながら洞窟内部に入る。
そこは高温の蒸気が通り抜けた影響で、かなりの熱気を感じた。だが、火傷を負うほどの熱量ではない。
そのまま奥へと足を進めた。
ここ地下空間は、制御装置の内側から発生する熱で、全体的に気温が高かった。
洞穴も熱気が流れ込み続けているせいで、奥に進んでも涼しさを感じない。
「どこまで続いているのかにぃ?」
「さあな? 楓がいれば方角と深度がわかるだろうけど、俺にはさっぱりだ」
「楓ちゃんに頼りっきりだにぃ!」
「仕方がないだろ、それが楓の性能だからな」
「性能?」
「細かい事は気にするな……」
本当に外部に通じているか不安を感じつつ、足を進める。
その足下は躓くような大きな突起は削られて、歩く際に支障はない。
……どうやら自然の洞窟を改修をして、通路にしたようだった。
歩く続けると、少し広い部屋のような場所に辿り着いた。
ただ部屋といっても、ちょっと壁が窪んで、通路が大きくなった程度。
「ずっと空気の流れを感じる。どこかに繋がっていると考えて間違いなさそうだな」
「そうなのかにぃ? よくわかんないけど、千丈がそう言うならきっと合っていると思うにぃ。それと、ここはなんだにぃ?」
……うーん、なんだろう?
さっきは部屋に感じたけど、どうやら少し違うみたいだった。
通路は少し先で元の大きさに戻っている。
目を凝らして見たときに気づいた。その両端には扉が設置されている。床には半円状の溝が扇状に続いていた。
その扉の色合いは周りの壁とまったく同じで、薄暗い洞内では注意をしていないと見逃しただろう。
……しかし、なんでこんな所にあるのだろうか?
「ここが地下空間の正面玄関だったりして?」
……ドアチャイムはないのかな?
などと冗談半分で考えて、見回すが扉以外に何もなかった。
「じゃあ、旅館側は勝手口なのかにぃ?」
……規模のでっかい民家だな。
見上げる上部は、暗い開口部となっていて天井は見えなかった。だが、声がすぐ反響している。それほど高くなさそうだ。
……ふむ。
「まあ、入口だとすると、そうなるのかな? 来客を迎えるにはちょっと寂しい玄関だけど……さて、もう少し奥を……」
その時、足裏が何かを踏んだ。
軽く砕けた感覚に慌てて足をずらした。すると、その下にあったモノが視界に入る。
……それは黒く小さな塊だった。
それらが集まって小さな小山を形成している。よく見ると床の至るところに点在していた。その一つを踏んでいた。
ふむ、なるほど……
「よし、小尾蘆岐。この先はもういいから制御装置に戻るぞ。そろそろ楓が、白楓を連れて戻っているだろう」
残り時間はだいぶ少なくなってきている。
それに最悪の場合。この扉を閉めれば爆風を幾許かでも防げるだろう。
そのぐらいしっかりした造りをしている気がした。
「そうだにぃね。白楓ちゃんが無事だといいだにぃ」
小尾蘆岐の同意を得て、外部に通じる道を地下空間に向けて戻り始めた。
未知の場所は進むより、戻る方が圧倒的に早い。
僅かな時を置いて入り口まで戻る。すぐ制御装置を見渡せる縁に辿り着いた。
その内側は、相変わらずの蒸気に包まれて、様子を伺えない。
……だが、なんとなく薄くなっているように感じる。
「さっきより蒸気がちょっと減ってないか?」
「減っているというより、蒸気が薄くなった感じがするだにぃ。そして、熱っちいぃぃ、にぃぃ……」
そう、洞穴に入った時と比較して、明らかに体感温度が上がっている。
流れ出した汗は、一段と激しさを増す。
危険な状態だと直感が訴えてくる。
「おおーい。楓ぇ、どうだぁ?」
中心に向かって大声で呼びかける。だが、反応はなかった。
内部に向けて意識を集中させる。
俺は力の流れが見えてきた。この中で濃度の差を見分け続ければ、必ず違いがあるはず。
それを……見極める。
「楓と別れてどのくらい経ったのかわかるか?」
「二十分ちょいだにぃ……」
もうそんなに経過したのか。
そう考えるとリミットは三十分ぐらい……急ごう。
蒸気は濃度の高い力を含んでいる。だが密度に差がある。
違いがある場所はどこなんだ……違和感を見つけろ……
視点を広く、全体を眺める。
……低い場所になにか惹かれる気がして視線を下げた。目を凝らして見つめる。
力の流れが、かすかだがゆがんでいる場所がある事に気づいた。
それは楓なのか、俺の視力では判断できない。
……だがきっとそうだと、微かな繋がりを感じる。……助けを呼んでいる気がした。
「小尾蘆岐見つけたぞ! 悪いがここで待っていてくれるか? ちょっと迎えに行ってくる」
「残念だにぃ! 僕はここを離れるつもりはないにぃ。さっさと行くだにぃ」
全くこいつは本当に……
「頼りにしているぜ。ちょいと熱いけど我慢しろよ」
頷く感覚を頭上に感じながら、斜面を飛び降りた。
暑さも小尾蘆岐の能力で制限をされている。それでも体感的にかなりの熱気を感じ続ける。
目前の光景はゆがんで、かなりの高温状態になっていた。
腕で顔を覆いながら進む。
沸き上がる蒸気の壁に近づくにつれて、皮膚に突き刺さるような感覚を感じる。その皮膚は真っ赤に変わっていた。
より姿勢を低くしながら、這いつくばるようにして移動を行う。