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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第三章 楓湖城の探険
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楓湖城の探検065

 ……さて、選択肢が少ない状況になってしまった。

 楓は早く避難をするよう言ってくれたが、たぶん安全に逃げるための時間なんて残されてないだろう。


 ここは、旅館よりかなり離れている場所。

 走って移動するだけで一時間はかからないにしても、それに近い時間を要する。

 そして旅館周りの黒騎士や、水中の化け物どもが顕在だとすれば、脱出に更なる時間を必要とするだろう。


 それに地上に戻ってからも、下流域の避難を呼びかけることは不可能だ。

 なぜならダムからここまでの間、携帯電話はずっと圏外だった。

 ……そして、あっちは……


「なにか打つ手はねえかな……」


 俺は蒸気が揺らめく制御装置の方向に顔を向ける。

 すると自然に足が前に動いた。だが、すぐに止まる。

 肩をそっと楓が掴んで、警告を始めた。

 

「高温蒸気の中に飛び込めば、いくら回復の能力があるチビすけでも、あっという間に蒸し焼きになるの、です」


 ……そりゃそうだよな。

 近づけば、なんとか糸口だけでも見つけられるかと思ったけど、無茶だよな。制御装置を直せれば、まだ……くそっ。


 ……残されたのは、脳裏に浮かぶ、あの表情だけだった。


 水蒸気爆発を起こせば、ここは持たない。

 そんな場所に独りで、俺が突き放した存在がいる。


 白く小さな幼女を、旅館に戻りながら探すしかなかった。

 もちろん安全な道のりでは到底ない。分の悪い賭けになる。だけど、なんとか捕まえて無理を承知で避難する。


 ただ白楓は、あんな追い払い方をした。

 もはや関係は崩壊しているだろう。下手すれば攻撃されて死ぬかもしれなかった。

 楓も前と違って、害する存在に対しては、容赦などしないだろう……


「……ごめんだにぃぃ。僕がずっと我儘を言い続けなければ、こうならなかっただにぃ……もっと早く避難してれば……」


 小尾蘆岐が再びの謝罪を始めた。

 黙って熟考している時間が、勘違いをさせてしまったのかもしれなかった。


「さっき言っただろ。小尾蘆岐は悪くない。むしろ……いや、今更だな。それに常に最善を尽くしてきたつもりだったけど。仕方がなかっ……ん? なんだ」


 答えている最中にそれは起こる。

 視界の端になにか動くモノが見えた気がして、言葉が途切れた。それは見間違いではなかった証拠に楓の声が上がる。


「んなぁ、です! あのちびっ子が……」


ちびっ子だと?


「どうした楓!」


「……ううっ、白いちびっ子が、中に飛び込んで行ったのです……」


 はあっ?

 白いちびっ子って、白楓の事なのか?

 あれだけ大声で怒鳴って追っ払ったのに……なぜだ?


「どういう事なんだ……」


「後をつけてきていたよう、です。それで……」


 楓は何か気が付いているようだったので、俺は語気が荒くなるのを気にする余裕なく問い続けた。


「だから、なんだって言うんだ? いいからさっさと答えろ!」


「たぶん白い化け物を倒しに向かっているの、です……」


 どうしてだ……くそっ!

 そう考えた瞬間、体が勝手に斜面を駆け降り……


「だめぇ、ですよぉ! ご主人が向かっても、どうしようもないの、です」


 楓に羽交い締めにされて止められた。

 どうしようもないなんて、そんな事はわかっている。だけど、これだけは見過ごせない。


 手放してしまったものが、戻ってきてくれた。しかも、あいつは恨むどころか、俺達を助けるために、危険な高温蒸気の中に飛び込んでいってしまった。


 目の前で白楓が消え去るのを看過できる訳がない。

 その気持ちは小尾蘆岐も同じだったようで、


「僕も行くだにぃ。千丈は絶対に護るにぃぃ」


 俺の頭部をしっかりと掴みながら、身を乗り出して叫ぶ。だが、


「お前ごときにぃ。……二人分の回復を続けれるわけがないの、です。……だから」


 そう言って楓は、自身が背負うリュックを外す。ワンピースの肩紐をずらした。それだけで、薄手の衣類は足元に落ちる。


 下着姿になって、俺が譲った鎌を構えた。

 真剣な眼差しで見つめてくる。


「楓の身体は魔細胞で構成されているの、です。多少の熱に耐えられますけど衣類は別なの、です。どうかご主人に持っていて欲しいの、です……」


「なに言ってるんだお前は……」


「きっと、あいつはご主人が大好きなん、ですよぉ。遠くから観ているだけで、楓にはわかっていたの、です。………の為にできる事をしたいと思うのは、多分……」


 楓は最後まで話さずに、背を向けて斜面を駆け降り始める。

 その姿は急速に遠ざかって小さくなり、やがて蒸気に霞んで見えなくなった。

 

 その姿を黙って見つめ続ける。

 俺はただの一歩も、その場所を動けなかった。固く手を握り締めて、歯を喰いしばって耐える。


 ……くそっ。ちきしょう。なんだって言うんだよ!

 楓や白楓も、俺の為ってどういう事なんだ。俺の考えを勝手に推測するな。お前らを犠牲にして助かりたいだなんて、

 

 ……そんなこと言ってねぇ、だろうが……



「うぐぅぅ……千丈!」


「泣くな。あいつらは必ず帰ってくる。だから俺達は考えるんだ。行動するしかない」


 そして、あいつらをぶん殴ってやるんだ。

 なんのためにここまで……来た、と……思って……そうだった!


「僕にできることなんて、なんにも無いだにぃ……」


「そんな事はない。多少の距離を開ければ、蒸気を迂回できるはずだ。壁側に向かうぞ」


「……壁ってなんだにぃ?」


 考えてみれば、俺達がここに来た当初の目的は、脱出路を探しに来たのを思い出す。

 制御装置にはメンテナンスのために通路があるだろうと予想してだった。


 白楓の所在がわかった以上、もう旅館に戻る必要はなくなった。ここから脱出する……ただ、本当にあるかどうかは不明だ。


 こればっかりは探さなければ、わからないだろう。

 それに、楓も穴が複数ある話をしていた。ただ、出口に通じるかの判別は出来ないとも言っていた。


 ……だからそれを調べる。……きっとある。


「壁側に穴が開いてるはずだ。楓が戻ったら、すぐ離脱できるように準備しておくんだ。それに小尾蘆岐に回復をしてもらわないと、白楓が死んじまうだろう」


 もう間違えない。

 白楓は、俺がここから連れだしてやる。無責任に放置はしない。そう決めた。


「また変な名付けをしただにぃ……でも好きだにぃよ。白楓ちゃん。そして、怪我は僕に任せるだにぃ!」


「よし頼んだ。じゃあ探しに行くから走るぞ!」


「あっ、あんまり急激な動きは控えるにぃぃぃ……」


 俺は全力で、壁面の方向に駆け出した。

 一刻も早く脱出路を見つけて、避難ができる状態を作る。


 ここからなら小尾蘆岐旅館まで戻るより、地上までの距離は圧倒的に近い。

 上部にはきっと化け物達も存在しない……と思う。


 楓から告げられた時間までは、五十分を切っている。

 地下空間を脱出して山に登れば、なんとか耐えられるだろう。そう、俺達だけなら……


 もう制御装置を機能させる手段は、本当に残されていないのだろうか……

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