嵐の前触れ 9
医者を呼ぶことも提案する彼女だが、角利は首を横に振る。大丈夫だと。しばらくすれば収まると、必死に呼吸を繰り返す。
「――はぁ、悪い」
「い、いや、本当に大丈夫? すっごい顔色悪いよ?」
「大丈夫だ。しばらくすれば――」
「会長!?」
驚くというより、悲鳴に近い声。
急いでやってきたフェイが、信じられないという顔付きで立っていた。
「急いで専門家のところへ行きましょう! ここなら魔術師の医者もいます!」
「へ、平気だ、このぐらい――」
「真っ青な顔で言われても困りますよ。さあ、肩を貸しますから」
「はあ……」
よけい沈んだ気分になるものの、大人しく従うしかなさそうだ。自分がこんな状態じゃ、姉妹もじっくり話したり出来ないだろうし。
前をフェイから、後ろをヴィヴィアに支えられて、角利はゆっくりと腰を上げる。
ホールを去ろうと歩き始めた、そのちょっと前。
「――?」
ヴィヴィアの左手が視界に入る。指先まで、包帯で窮屈そうに撒かれた左手だった。
しかし大きさが合ってない。少女の体格に対し、一回り以上大きいような。
「さ、行きますよ」
「あ、ああ」
本人がいる手前聞き返すことも出来ず、角利はエレベーターを目指して歩く。
じゃあね、と手を振るヴィヴィア。
「……お姉ちゃん、奥さんみたい」
最初っから変わらない妄想を、羨ましそうに零していた。