満身創痍 1
「気でも狂いましたか? 会長。貴方も魔術師であるなら、このような下賎な輩は憎悪するべきです。ましてや庇うなど」
「……何も殺す必要はないだろ。それこそ俺達が悪人になる。日本は法治国家じゃないか」
「……」
説得力に欠けているかもしれないが、角利なりの正論だった。
しかしフェイの表情は能面のように固まっている。これじゃあ外れを暴露されているようなもんだ。油断も隙もありゃしない。
予想通り、これ見よがしの嘆息だった。
「貴方もそうなのですか。孤高であることを諦め、生きることに固執すると」
「べ、別にそういうわけじゃ――」
「なら何だと言うのです?」
言うが早いか、彼女の全身が魔力の光で覆われている。魔剣に追加して魔術を発動させる予兆だ。青年は戦力にならなさそうだし、対抗するには角利が魔術を使うしかない。
だが、それは無理だ。
身体が震えている。
急激な吐き気と頭痛。嘘のように低下する体温。フェイの姿を直視するのが精一杯で、誰かを守れる余裕なんてありはしない。
ましてや魔術の行使なんて。
ああ、思い出したくもない、真紅の海が蘇る。
「会長……?」
フェイも、こちらの異変に気が付いたらしい。一瞬だけ敵意を緩める。
しかし。
「こ、この僕を無視するのか……!」
青年は茹でダコのように赤い顔。歯ぐきから血が滲み、秒刻みで憎悪を重ねている。
守ろうとした角利は困惑し、フェイはただただ呆れるだけ。復帰し始めている浮浪者たちの方が、よっぽど現実味のある脅威だからだろう。
「殺戮者の分際で、価値だの権力なんぞ語るんじゃい! 死ねっ! 汚らわしい連中に囲まれて死んでしまえっ!」
直後。一番の脅威めがけて数十の刃が殺到する。
「フェ――」
杞憂も束の間。
瞬きすら許さない一瞬で、襲撃者たちが蹴散らされる。