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魔術師は現代社会に殺される  作者: 軌跡
終章 少女の存在、真実
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命尽くし、再燃 終

 落ちた、のだと思う。

 今度こそ指先一本動かせない。鎧代わりの甲殻は溶け切っていて、骨まで溶解している感覚がある。痛みを感じないのは、ドラゴンの成し得る技なんだろうか。

 首を動かせば、自分の数倍近くはある巨体が。

 空気はすっかり静まり返っている。最後の最後、御法は意思の転移が出来なかったんだろう。これで墓穴へ入ったわけだ。


「話せますか?」


「――」


 聴覚がやられているのか、音は途切れ途切れにしか聞こえない。

 それでも動ける範囲で、角利は顎を引いた。いつも通りの冷淡な返事が聞こえて、もう会えないと思っていた少女の顔が目に入る。


「会長は生き残る、という思考がないのですね。特攻隊長か何かですか」


「……」


 笑ってやりたいが、今はそんなことも出来ない。

 暴走症、ドラゴンから受けた傷――角利の身体はすでに死んでいる。視界からは確認できないが、頭部も半分以上が溶かされていた。

 意識があって、声を聞けるだけでも奇跡。これ以上の贅沢は罰が当たる。

 熱いだろうに、フェイは無言で頬を撫でた。


「お休みなさい、会長」


 最後に、そんな言葉を残して。

 安心感から、角利もゆっくり目蓋を閉じる。胸の中は達成感で一杯だ。フェイは生きていたし、あの憎たらしい祖父を倒せた。生きていたら心の傷は深くなるんだろうけど、それを知る機会はやってこない。

 火はここに、尽きるのだから。





 一面の緑がある。

 北から運ばれた風は、優しい波となって草原を走った。木々もそれぞれに揺れ、益体やくたいのない感想へ同意を示しているようでもある。

 空は雲ひとつない青。飛び立てばどこまでも行けそうな、清々しいだけの自由な世界。

 見上げているのは一人の少年だ。後ろ姿には情けないぐらいの戸惑いが宿っている。自分の力じゃどうにもならないって、諦めたのは向こうだろうに。

 とりあえず呼ぼう。あまり距離が離れると、形を維持するのが難しくなる。


「ほら、会長!」


 叱るように、少女の声が四治角利を振り向かせた。

 すぐに戻ってくる彼。向こう側の風景は透けていて、実体が無い存在であることを比喩していた。

 月並みに言ってしまえば、幽霊である。

 いや、それも少し語弊ごへいがあるかもしれない。そもそも仕掛け人、フェイ・モルガンは幽霊なんぞ信じちゃいない。魔術師だけれど、魂という存在にも疑いの目を向けている。

 だから角利の存在はもっと別だ。仕組みとしても、死人とはちょっと違う。


「早く行きますよ。向こうを立って三日――そろそろ、目的地が見えてくる頃です」


「そ、そうなのか。……しかし、本気で山奥に引き籠るのかよ?」


「当り前です。私が社会に出れば、また被害者が出ますから。かといって死にたくはないので、除去法で」


たくましいやつだなあ……」


 声色に疲労を混ぜて、呆れながら彼は言った。

 ここ数日で分かったことだが、彼は自分の生存が気に喰わないらしい。まあ確かに、あれは悪くない散り際だった。本人も悔いはなかったようだし。

 だがフェイにすれば、気分が悪いことこの上ない。

 なので生かした。やり方は単純明快。


「主人に対して聞く口ですか? 今の貴方は、私の中に憑依した人格に過ぎません。二重人格と評したいところですが、それより性質が悪いと思いますよ?」


「……まあ、もう一人の自分、って感じじゃないよな。どうなってんだよ」


「以前も説明しましたが、御法さんが友香さんに行った人格の転移に近いですね。それぞれ独立している辺り、私の方が高等でしょうが……なぜ驚くんですか?」


「いや、自分の直感だけでやったんだろ? 全部」


「否定はしません。ですが、実行可能なのは予想できましたから。あとは根性ですね」


 角利は再び絶句。ありえねえ、と顔に書いてある。

 確かに、フェイも驚きはした。一芝居うつ際の魔物達はともかく、人間の精神に発動するだなんて。

 しかし運良く成功し、彼は中身だけで生きている。

 何かが好転したわけじゃないけれど、完全に消滅するよりはマシだろう。器の方に都合をつければ、疑似的な蘇生だって可能かもしれない。

 山奥に籠るのはそのためでもある。風の噂によれば、老賢者が住んでいるとか何とか。

 まずはその賢者に事情を説明し、解決策を聞いてみよう。駄目な時はまた、別の情報を頼りに行けばいいだけだ。

 逃げるなって、言われたから。

 自分の欲望には、もっと素直になろうと思う。


「……なあ、いつからだます気だったんだ?」


 三日ぶりの質問。逃走を始めた初日に問われ、忙しいから後で、と拒否した答え。

 真紅のローブを纏ったまま、フェイは短い前置きから始める。


「会長の部屋で話し終えた頃ですかね。由利音さんと相談して、一芝居うってもらいました。敵を騙すにはまず味方から、と言いますし」


「そんな気配、全然しなかったぞ……」


「女性の仮面はそう簡単に見抜けませんよ。――まあ後は、会長の知っている通りです。私は紅い影に紛れこみ、あの場を脱しました。衣装は力尽くで奪いましたけど」


「ほうほう」


 言っている最中に、フェイは自分の状態を再確認する。

 自分に憑依している状態とはいえ、ここには男の目があるのだ。ローブを抱きよせる力も、自然と強くなってしまう。


「? どうした?」


「……ジロジロ見ないでください。私、ローブの他に下着しか着てないんですから」


「――」


 想像してませんでした、と言わんばかりの間抜け面。実態があれば引っ叩いているところである。


「って、そりゃあそうか。服着せて騙しやがったんだし」


「三日経っての反応とは思えませんね。――まあ身代わりをさせたオークには、申し訳なさで一杯ですが」


「それは……」


 あの状況だ。利用した魔物が、暴走症の患者という可能性はある。

 背丈はフェイと変わらなかった。魔物化した際に体格が膨らむとすれば、もとの魔術師は年端もいなく少年少女だったろう。


「治る見込みがないとしても、残酷な仕打ちをしてしまいました」


「フェイ……」


「ですが、逃げるわけには参りません」


 歩くために。先へ進むと決めたのなら、罪科は背負わなければならない。

 生きて、生きて、生き抜いてやる。自分の存在、その結末を見届けるために。信じた行為を、世界という天秤で量るために。

 物語は、終わらない。


「さあ会長、ボーっとしている暇はありません。夜分遅くの訪問は失礼ですからね」


「了解だ、お姫様」


 角利と横に並び、緑の丘を歩いていく。

 幕を上げた舞台のように、光はさんさんと降り注いでいた――


 これにて『魔術師は現代社会に殺される』完結となります。続編について考えていますが、行動に移すかどうかは悩み中……。

 感想、評価等で何かしらのメッセージを頂けると助かります。そこまで現代社会が関わってこなかったりと、やりたいこと、書きたいことが残っていますので。


 最後に。ここまでお付き合いして頂き、まことにありがとうございました。またいつか、作品を通して皆さんと会う機会があれば幸いです。

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