ワイバーンと紅い軍勢 16
耳を塞ぎたくなる大音量の咆哮。彼は火を撒き散らすことを止め、真っ逆さまにこちらへと牙を剥く。
走ったところで逃げ切れる相手じゃない。後ろだって、引き返せないのは自明の理だ。
一瞬の中、無機的な足が目に入る。
「借りるぞ!」
きちんと詫びを入れ、角利はフェイの箒へと飛び乗った。
しかし、運転方法が分からない。彼女は苦もなく飛ばしていたが、一体どうすればいいのか。
敵は待たない。
牙が、開く。
「っ!」
動かない箒に見切りをつけ、角利は間一髪で飛び退いた。
ノコギリのような牙が上下から箒を挟む。相当な衝撃が加わったのは聞くに明らかだ。
なので。
誤作動を起こしても、不思議はなかったのかもしれない。
慌しい軌道を描き、箒はワイバーンの口からするりと抜けた。本当に唐突な動きで、あとは大量の水しぶきを上げて川に突っ込む。
獲物が突然消えたことに、ワイバーンは混乱気味。
「今度こそ頼むぞ……!」
偶然の女神に祈りながら、角利は箒のハンドルを握った。
迫るワイバーン。口からは炎が溢れだし、一秒後には角利を焼き尽くす剣呑さ。
視界が上がる。
ワイバーンの火球はどうにか、水を蒸発させるに留まった。
「よし……!」
高らかにいつもの合図を叫んで、鞘の花が一斉に散る。
剥き出しになった闘争本能が、堕ちた幻獣の猛威と対峙する。
他人を気遣う余裕もない、空中戦が幕を開けた。