3.齢元八十越えともなれば、医療の発達についてはともかく記憶は多少抜けますな
実に三十年ぶりほどだろうか。父親と一緒に風呂に入った。
あの時はまだまだ現役だと言い張ってはいたものの、多少ガタが来ていたように思う。おそらく小学校以来はじめて銭湯に連れて行かれ、なんだか色々な話をされた。
もっともこの身体では、十年も経っては居ないのだろうが。
がはがは豪快に笑う父親に頭を洗われて、私は何とも言えない奇妙な感覚に襲われた。懐かしさなのか哀悼なのか……、どちらにしろ、今この年齢の時点では関係ないことだ。
羅神様たちによって過去に舞い戻った私は、まず西暦を確認して、そして私が居た時代の西暦のことをすっかり忘れていたのを思い出した。
これは流石にまずいと思った矢先、なんとびっくり発見したのは日記帳。これのお陰で、ようやっと現時点の私が中学二年生であったことが分かった。というよりも、昔日記を付けていたことさえ忘れていたのが、やはり時間が経ったのだということを思い知らされる……。
そして私は母親に呼ばれた。時刻はまだ昼過ぎだったが、どうやら二度寝を決め込んで居たらしい。
私の記憶では結構規則正しい生活を送ってたはずだったが、どうやら思っていた以上に昔の記憶が美化されているらしかった。
昼食は、キャベツオムレツと白米と味噌汁。
「母さんや、納豆あるかい?」
「あらヘっちゃん、どういう風の吹き回し?」
妙におじさんみたいなことを言うと言われてちょっとドキリと来たが、そこは気分の一言で誤魔化した。……誤魔化せたよな?
その後特にすることもなくテレビを見て、大喜利で笑って(これもまたおじいさんのようだと言われた。バラエティに見飽きると最後はそこに行きつくだけなのだが……)、その後なんとなく父親に相談したいことがあると言った結果、風呂に入れられるに至った。
「がははは。で、どうした? 何か困ったことでもあったか?」
昔から父親の笑い方は変わらないようだった。
そして私自身、何か困ったことがあるかと言われると困る。何せこの頃の記憶なんて、九割近く忘却しているのだ。学生として暮らした年数が十七年に対し、それから定年までの間ずっと交番勤めだったので、明らかに後者の方が年数が上だ。それは、記憶が押し出されもする。
なので、当たり障りなく進路の話をしてみた。
「父さんや。私は、警察官になりたいのだが」
「私……? 何の真似してるんだ? 変なしゃべり方してると、クセになるぞ?」
「変……? お、お、俺? 俺は、警察官になりたいのだけれど」
まだ中学生ということで色々な進路の選択肢も増やしてみろと笑われはしたが、それでもその道に進むこと自体は反対されなかった。配属先などによっては危険も伴うだろうが、何と言うか、我が親ながら懐が広い……。
この過去に舞い戻った自分……、やり直し、とでも表現したら良いか。やり直しをしたとしても、私自身人生設計は差ほど変更するつもりはない。元々それなりに満ち足りた生活だったし……、あ、でも娘の学費の負担は多少何とかしてやりたかったなぁ。今から貯金とかもしておくべきか。
ともあれ夕食も終えて九時前後。すぐさま床に着こうという自分を両親がお化けにでもあったような目で見ていたのが、当時の自分の生活サイクルを思い知らされる。
実際布団についてからも、なっかなか寝られなかったのが良い証拠だ。
私自身の記憶では、こちらの時間帯サイクルの方が性に合っているのは目に見えているのだが、よっぽどこの挙動は奇妙に映ったのか、二人揃ってちょくちょく私を確認しに来たりしていた。体調不良とかではないので、心配しないでもらうにはどうしたら良いものか……。
さて。翌日月曜日。
朝は六時に起きれば、まだ夏前ということもあり空気が気持ち良い生暖かさだ。もう少しするとじめじめしてくるので、鍛えるなら今の内だろう。
警察学校時代からそれこそ死んだあの日まで、私は朝の日課で何かしらトレーニングをしていた。だからやり直しでもそれに準じようかと思っている。
ただ、ちょっと色々心配になったので自分の体の調子を確認した。腕の筋肉の厚み、足の筋肉の具合などを軽く……、点検するまでもなかった。目視で、かなりひょろひょろとした肉体だということに気付いた。気付いてしまった。そういえば当時の私は文科系だったか……。
そう思いながら体を伸ばす。とりあえずは柔軟から入るのが定石だろうと考えての行動だ。
そこで警察学校時代、何故か又裂きされた時の痛みが脳裏を過ぎる……。うん、あそこまで行かなくとも開脚は130度は超えたいところだ。
壁に足を付けて上体をそれに沿うように伸ばしたり。あるいは地面に足を開いて、手を付けるように力を抜いたり。
……こうしてみると、何とも身体が固い。警察学校時代ほど身体が出来上がってないのも理由か。
筋肉痛というより、肉離れのような痛みが激しい。一度専門書か何かを買って、本格的にやってみるか。
そんなことを考えて居ると、不意にポケベルがなる。着信音は……、何の歌手の着信メロディだったかの。全く覚えてない。確か幼馴染に、小学校の頃あたりに作ってもらったもののような、記憶がふと思い出される。
画面を確認する。
……ラシン(ハダカジャナイ)、と表示されていた。
「いやいや、絶対登録してませんでしょう、神様や」
料金がどうなっているのか、一抹の不安を覚えはするものの、一分近く置いても未だメロディが切れない。仕方なしという風に、私は電話に出た。
『――なんで電話持ってたのに出ないぞい!? 』
流石は神様というべきだろうか、さっきまでの私の状況を観察していたらしい。
「いえ、この当時は定額制度とかもなかったはずですし。不用意に電話をとるとお金が……」
『お、そ、そうぞい? いや、でもこれに関しては一応こちら負担になってるはずぞい……。
ま、まあ何度も連絡するものではないので、今回は多めに見て欲しいぞい』
「構いませんよ。両親に迷惑がかからないなら。それはそうとおはようございます。本日はどういった語要件で?」
『……身体が若返っても全然童心に帰ってないぞい。口調お爺ちゃんのころのままぞい。
いや、それは別に良いぞい。えっと、何ぞい? ああ、「ちぃと」とやらを付けるのを忘れていたぞい』
……?
「たしか、ずる、とかそういう意味だったと思うのですが、何でしょう? チート?」
『今回は話が通じたぞい! いや、んー、特典みたいなものぞい。簡単に言うと、そっちでの人生で何かしら超能力とかをくれてやるということぞい』
「それはそれは……? えっと、別に構いませんのですが、受け取らないといけないのでしょうか」
『安心するぞい。お前のカルマ値では大したちぃとは付けられんぞい』
超能力を付けてくれると言いはされたが、正直いまいち理解が追いついていない。大した能力はやれないといっているが、さて? 幻○大戦とか○ックとかみたいなものでしょうか?
『ちょっと年代を感じるぞい……。そうぞい、お前が選べるのは次の三つのうちの一つぞい!』
そう言いながら、羅神様は電話越しに三つ提案してきた
1.超身体能力。アスリートとして世界をとれるレベルの何か!
2.未来の道具の持ち込み。スマホやゲーム機など持ち込んだ時点で道具そのものがスーパーアイテムに!
3.絶 倫!
「……最後の、説明それだけですかの?」
『むしろ具体的に聞きたいぞい?』
「いや、遠慮しておきますかの。しかしさて……、ふむ」
少しの間思案して、私は彼女に言った。
「2、をお願いします」
『2ぞい? ほぉ、思ったよりオーソドックスなものを選んだぞい。じゃあ何を持ち込むぞい? オススメはスマホぞい。まあお前の時代なら「医療用ナノマシン」とか「ロボットスーツ」とかでも構わないと思うぞい? どっちもまだまだ一般に普及するレベルではなかったはずだが――』
説明を続ける彼女の言葉を聞きながら、私は言った。
「警棒か、小太刀の竹刀で」
『……ぞい?』
羅神様は、理解できないといった声を上げられた。
『い、一応聞いておくが、何でそれぞい? 庶民には手に入らなかったものすんごいアイテムとかでも、純金でも何でもいけるはずぞい』
「いえ、単にその、どちらも使い慣れてる相棒でしての」
警棒は現役時代ずっと、小太刀の竹刀は警察学校時代に買ってから家で訓練用に使い続けていた。どちらも代こそ重ねているので既に三本目か四本目だが、愛着のわく道具ではある。
そして、やはりあれがないと何かこう、締まらないのだった。
「という訳で、お願いできますかの」
『い、一応可能ぞいが……。たぶん思っているような結果にはならないぞい』
「? まあ、お願いします。元々、あまり必要としてはいないものという意味で、追加で何かあるか、と考えた程度のものですし」
『わ、わかったぞい。では――』
ぽう、と。唐突に私の身体が一瞬光った。
「……あの、もしかしてこれで終わりですかの」
『終わりぞい。んー、道具が目の前になくて困惑してるぞい? 慌てずとも大丈夫ぞい。
竹刀と警棒だが、ちぃとにした際にどちらも「魂」をこちらに持ってきたという扱いになったぞい』
「魂?」
『ツクモガミ、というのを知ってるぞい? 物も百年経てば化けるという』
「それくらいなら、まあ」
『そのハナシの通りに、モノにも魂はあるぞい。そしてお前のちぃととなった魂は――お前が必要とする時に、丁度振るいやすい大きさの武器として出現する、というものになったぞい』
……。
「はい?」
『そ、そう書いてあるぞい。それ以上のことは聞かないでくれぞい!?』
どうもこの神様、結構へっぽこのようである。
それにしても、書いてあるとはどういう……、説明書でもあるのでしょうか。
『駄女神とか言わないでぞい!?』
「言ってませんよ。しかし……、まあ、ありがとう? ございます」
『れ、礼は良いぞい。そんな半信半疑な言葉はあんまり嬉しくないぞい……』
そんな風に話し終わって通話を終了した羅神様だった。
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羅神のつけたチートは、分かり辛いですが碧おじいちゃん的には結構有用