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2.つまり心だけタイムマシンに乗って過去の自分に乗り移ると

 

 

 

 

森上 碧(もりがみ へき)よ。第二の人生、欲しくないかぞい?」


 そんなことを言いながら、目の前の阿修羅のような半裸に近い格好の女性は……、組んでいる腕以外の全ての腕で、習字を行っていた。


「まず聞きたいのですが、何をなさっているのでしょうか?」

「ぞい? ああ、これは……、まぁ、その、アレだ。知り合いの序神から『るはは、君、腕は沢山あるけど利き腕ってどれだい?』というようなことをからかうように言われたぞい……」


 聞いてもいまいち、意味がわからなかった。

 いえ、それよりも、ジョシン?


「シン、というからには、ひょっとして貴方は神様か何かでしょうかの?」

「おお、そうぞぃ。我は羅神! 戦と解放の神ぞい!」

「……裸神? 裸踊りでもするんでしょうか?」

「羅神だ羅神。修羅の方ぞい。どうしてどいつもこいつも似たようなことを言ってくるのか……」


 言われて字を理解した。阿修羅の神、と覚えておこう。

 もっとも最近物忘れも少なくないので、掌を開いてそこに指でなぞるように字を……、あれ? 書き順はどうだったかの。


「ええい、それはどうでも良いぞい。さあ、森上 碧よ。繰り返すが第二の人生、欲しくないかぞい?」

「第二の人生、ですか……。ということは、私は死んだのでしょうか?」

「そうなるぞい」

「嗚呼、母さんには悪いことをしてしまったなぁ……。親より先に死ぬと親不幸だったはずだし。」

「……結構古い人間ぞい? い、いや、まあお爺ちゃんだから仕方ないぞい」

「その区分も色々おかしいと思いますが、さてしかし……。娘たちはどうでしょうかの?」

「あー、すまん、わからんぞい」


 そうですか、としか返しようがない。どうも彼女は見た目からして、全知全能という類のそれではないようだった。


 さてしかし。単に文省力がないので、目の前の風景を表現する能力に乏しい。端的に言うと、真っ白に光った空間というところか。地元の公民館にある視聴覚室を真っ暗にしたものを、そのまま色を反転させたような、先の見えない白さだ。


「というか、結構冷静ぞい?」

「まあ、これでも物心ついてから八十年は生きましたからな。結構充実した人生でしたし、波乱万丈な人生でした。今更神様に会ったところで、特には、ですな」

「そうなのかぞい? 有難がれとは言わんが、怖がりもしないのは結構久々ぞい……。

 まあ己からすれば、中々波乱万丈な人生のようだったが」


 まあ確かに、結構おもしろい人生を生きてきた自覚はありますが。


「特に娘については……、嗚呼、別にその話をしたいわけではないぞい。

 端的に言おう――森上 碧よ、」

「どうでも良いですが、ヘキと呼んでください。一々全部だと長いです」

「そ、そうか? で、ではヘキよ。己はお前を、異世界に転生させたい」


 ……?


「申し訳ありませんが、おっしゃってる意味がさっぱり理解できないのですが」

「……あ、あれ? いや、こういう風に言えば大体は伝わるってツカサが……。あれ? あれ?」


 突如習字の手を止め、せわしなく周囲を見回す。


「ツカサ、とはお友達でしょうか。

 生憎先ほどのお話がよく分からないので、申し訳ないのですがご説明願えますでしょうか」

「ぞ、ぞい……。えっと、まあ、アレぞい。ゲームはやるぞい?」

「ゲームですか。んー、娘に昔請われてポ○モンを買って、レベル上げしてあげたくらいですかの。後は孫がすれ違い通信して欲しいと言って……。設定はほとんど義息子(むすこ)に頼んだのですが」

「な、何ぞいこれ、説明が全く出来ないぞい!?」


 うあああああああ、と叫び頭を抱える羅神様。なんだか可哀そうになって、手を貸して宥めてあげたりする。服装などは今朝のままだったので、ポケットからハンカチを取り出して手渡した。


「申し訳ありませんの。じじぃの臭いがついておりますが、必要ならば、はい」


 鼻を洟む羅神。こうして見ると、インド系? の美人さんだった。


「ぬ、ぬぅ……、お前は、なんだか人たらしの才がありそうぞい。己、神だが」

「当たり前のことをしてるだけですじゃ。さて、しかし、説明の意味が分からないのですが……、誰かそれこそ神様なら、天使やら何やらが居ないのですかな? そちらに協力を願えば良いのでしょうが」

「無理ぞい、というよりバレたら怒られるぞい……」


 ひょっとしたら、仕事をサボったりして私と話をしたりしてるのだろうか。だとしたら、ちょっと注意したい気もする。

 もっともそれをしてしまうと、私自身が消えてしまうかもしれないので胸の内に仕舞っておくが。


「しかし、本当に説明が難しいぞい。誰か交渉スキルの高い奴は――」

 

 

「――そこでボクの登場だよッ!」

 

 

 ぬ、と。突然視界の中に、少女は湧いて出てきた。黒い……、何だろう、霧? オーラとか言ったか? みたいなものをまとって現れた少女。年は十代後半ほど、長い黒髪に黒と白の……、ご、ごしっく? な装いをしていた。


 彼女の出現に、羅神様は感激したような声を上げた。


「つ、ツカサ!」

「ここでは『混沌』と呼んでくれたまえ。あの名前は、そこのお爺ちゃんには必要ないものだ。どっちかっていうとそっちはニ夜む――いや、別にいいか。

 初めまして、ボクはそこの羅神の知り合いで、序神(じょしん)と呼ばれる者の一人だ」


 さて何に困ってるのかね? と彼女は羅神に聞いた。ゲーム知識の説明が全く出来ないと言った彼女に、ツカサと呼ばれたその神は腹を抱えて笑った。


「るはははは、条件に適合したからと言っても育った年代が年代だからね。今時の一部カルチャーの流行を追わせるのは少々酷というものだよ。それに……? うん、どうやらカルマ値が足りないみたいだね」

「ぞい!?」


 突如素っ頓狂な声を上げ、突如どこからか書類のようなものを取り出して、中身を確認する羅神様。ツカサがその背後から口を出す。「ここを……、って、桁書き間違えてないかい、大丈夫かい君のところの使徒」「ぞい!!?」というようなやり取りをした上で、涙目の彼女の頭を軽く撫ぜていた。


「存在値的には君の趣味に合致しているんだろうけど、残念ながら中々老成した人格のようだね。

 うん、でも一度ここに招いてしまった以上、魂のサーキットに還すのは面ど……、困難だし」

「おい序神、仕事しろぞい」

「う、うるさいね。外来からの契約制の派遣社員に過剰な期待をしすぎだよ。

 さて、それはともかく。そうするとこのカルマ値で可能なのは……、異世界転生はアウトだし、転移はちょっと可哀そうだし、というか異世界系は全部無理そうだよ」

「ぞい!?」

「あれでアエロプスとかラグナとかは結構頑張ってるんだよね、こうして見ると。まあ基本はド低能だったけど。

 まあまとめると、同一世界に転生……、も無理か。本当、君は老成してるねぇ」


 私の方を見てそういう彼女に、どうも、と頭を下げた。


「褒めてないよ。いや、ある意味褒めてはいることになるのかな? 人間的にそれだけ完成しているってことだからね。君のその半裸を前に、仙人でもないのに欲情してないからね。お爺ちゃんでも滾らせてしまう体質のところの、君をしてその程度だから仕方ない。

 まあ要するにだ。この駄女神が君に言ってるのは――」「駄女神とか言うなぞい!?」「うるさいねぇ、ちょっとお口にジッパーしていたまえよ。彼女が君に言ってるのは――過去に戻って人生をやり直さないか、ということだよ」

「あー、あの、その前に一つ質問良いでしょうか」

「何だい?」

「……神様、結構人間っぽいですな」


 私の言葉に、ツカサは笑った。


「そりゃまあ、ね。感情なき知性は計算機と何ら代わりないし。逆を言えば感情ある知性ならば計算機でも心があり、精霊に順じた存在とも言える。

 っと、ごめんね。ついつい無駄話が好きな性質なものだから。で、どうするんだい?」

「どうする、と言われましても……」

「ボクからのアドバイスとしては、受けた方が良いよ。まあ単に、このまま心が色々洗い流されて忘れて、魂の濁流に飲まれるのが良いか悪いかという程度の話なんだけど」

 

 ものすごい話をされたような気がするが、詳しく聞くとなんだか薮蛇になりそうだ。

 私は、羅神様を見る。ちょっと涙目で潤んだ彼女に、私は聞いた。


「まこと今更なのですが、何故私を復活させようなどと?」

「ぞい? ……まあ、色々お試しみたいな意味合いがあったぞい」

「お試し」

「言い換えれば、修行の一つみたいなものぞい。でもお前を選んだのは、こちらが求める人物の人生に合致していたからぞい」

「まあ、確かに色々大変な人生を送りはしましたが……」

 

 それでも、まあ死後のことはともかく、それまでは平穏な人生を送れたので、それもそれで良しということにしている。


「おかしいぞい。過去は理想的なのに人格が穏やかすぎるぞい……。爆発する要素もないぞい」

「まあ、金持ち喧嘩せずだね。吾唯足知(我、ただ足るを知る)という概念がそれを物語ってるか。要するに幸せだから、他人をひがむ要素が薄いんだろうね。君の居た時代においては、結構数少ないメンタルかもしれない」

「ちなみに目的の人格とは?」


 私の質問に、羅神様はにやりと笑った。


「――復讐者ぞい」

「ああ、なら確かに外れて居ますかな」

「何でそこ即答するぞい!」

「いや、事実ですしの……。んー、でも確かに、このまま人格がなくなると言うのはそれはそれで寂しいというのもありますかな。孫たちにお別れの挨拶くらいはしたかったですしの」

「るははははは! でも、彼は彼で中々面白そうなものが見れると思うよ。ボクが保障してあげよう」

「ぞい……? んー、お前が言うなら……」

 

 

 ちらりとこちらを見た羅神様は、私の額に指を置いて、少しだけ微笑んだ。

 

 

「まあ、精々頑張るぞい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして私は、座敷のこたつで目を覚ました。

 その身体は、かすかに覚えにある程度には小さかった。

 

 

 

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