首都・キエンポリス
地球を出発してからアルパ星まで、ワープ航法を繰り返し三日かかる。
その間、必然的に船の中に閉じ込められる訳だが、別に問題はなかった。むしろ完璧だった。
部屋はそこそこの広さを持つワンルームで、大きめの机の上にはパソコンとテレビが置かれている。その後ろにはソファーとローテーブルがあるが、これは収納スペースが設けられている機能的な作りになっている。
ベッドもセミダブル位の大きさがあり、その下には巨大なトランクを置いておけるスペースが確保されている。
玄関付近にはクローゼットがあり、その反対側にはシャワールームとトイレが別々の場所に設けられている。
宇宙船なのでベランダの様な設備はないが、窓がある。宇宙に出たことのない人間にとっては、いつまでも見ていられる光景だ。
当然のことながら、王族使用であるため家具や内装の1つ1つは全て最高級品だ。
チュナーティ号には乗組員のストレスを緩和させる施設が整っていて、フィットネスジムやプール、多目的スポーツコートも設けられている。
また非常事態に備えてか、射撃訓練所もあった。殺傷能力のあるレーザー銃を撃つ事が出来るのだ。
ただ、ルイ曰く海賊が出没しない安全な航路を取っているし、そうでなくてもこの船自体トップクラスのセキュリティーを持っていて、海賊は侵入する前に秒殺で撃破される。
ハッキリ言って、射撃訓練所もただのアミューズメント施設でしかない、とのこと。
なので僕も、思いっきり楽しませてもらった。
食事に関しては、ずっと日本にいたためか日本で普段食べる料理に近い物になり、目新しさはあまり感じなかった。
しかし見方を変えれば、船内と言う特殊環境で地上と何ら変わらない味を提供出来るという性能の高さの表れでもあった。
そんなこんなで3日間、船内生活を思いっきり楽しむことが出来たのだ。
3日目の朝、ルイからブリッジに来いと言われた。
「ほら、あれがアルパ星よ」
ブリッジは、前面が全て窓になっている。視界を確保するためだ。しかも大気圏の離脱・突入時にかかる熱や負荷に耐えるため、特殊強化アクリルで出来ていた。
その窓から見ると、地球と同様に青い海と緑色の陸地が見える星が眼下に現れた。あれが、アルパ星だ。
アルパ星が近くなると、大陸や島の所々に青いスジが見える。そのスジが、宇宙からも肉眼で見えると言う大運河なのだろう。
チュナーティ号はアルパ星の大気圏に突入すると、とある大陸の臨海都市付近にある離島に降り立った。
ここが、アルパ星首都・キエンポリスにある『キエンポリス宇宙港』なのだ。
「空港に降りる前に、渡しておく物があるわ」
ルイが差し出したのは、総真鍮製のWDと、白いチョーカーだった。
「そのチョーカーは『翻訳チョーカー』。チュナーティ号に搭載してある翻訳システムと同じシステムで翻訳してくれるわ。これからチュナーティ号の外に出るんだから、あんたにも個人で翻訳機を持つべきでしょ?」
確かに、アルパ星語なんて喋れる訳ない。今まではチュナーティ号の翻訳機能に助けられてきたが、船から離れるとその恩恵を受けられない。
なので、ルイの申し出はありがたかった。
さらに簡単にWDの使い方を教えてもらい、僕達は船を降りた。
ちなみにWDは、今のところ貸出だが、場合によってはそのまま貰えるらしい。
また、活動資金として、すでにアルパ銀行(アルパ商事関連会社)に僕名義の口座を作ってあり、アルパ星での生活費+活動資金として5000ベネ(≒50万円)を振り込んであるとのこと。
船の入り口に接続された通路を通り空港に入ると、何やら黒服の集団に囲まれてしまった。
かなり恐怖を感じながらひたすら歩いていると、いつの間にか空港を出ており、気が付けばリムジン風のホバークラフト式の車に乗っていた。
車に乗って少し落ち着いたので、小声でルイに聞いてみた。
「なぁ、入国審査とか税関とか通らなかった気がするんだけど……」
「当たり前でしょ。あたし王族だから、自国でそんな必要ないし」
なるほど。あれだ。VIP扱いか。
普段の性格があれだから、つい王族と言う事を忘れる時がたまにある。
「じゃあ、この車って……」
「商品持って帰るって連絡入れといたからね。王宮から車とSPを手配されてたのよ」
つまり、この人達は僕の知らない内に手配されていた迎えの人間だったことになる。
真実を知ると、急に力が抜けてしまった。
車はそのまま宇宙港に架かる橋を渡り、キエンポリス本土に上陸。
キエンポリスはアルパ星で最も運河が集中している街であるため、網の目の様に大小様々な運河が張り巡らされている。
従って、何度も橋を渡った。
そうして辿り着いたのが、大運河に面した立地に立っている、歴史があり、規模が大きく、格式高い雰囲気を感じさせる建物だった。
「着いたわよ。ここが文人の泊るホテル、『ロイヤル・アルパ・ホテル』よ」
ロイヤル・アルパ・ホテル。それはアルパ星のホテル評価で毎年5つ星を獲得し続け、国賓やあらゆるVIPが好んで利用する、超高級ホテルだった。
ちなみに、アルパ商事の傘下である。
建物内に入ると、5層吹き抜けのロビーがある。一番目を引くのは、中央に飾られた、巨大な木造帆船模型だ。どうやらアルパ星の帆船時代の船らしい。
その他の内装は、キエンポリスの建物らしい、地球で言えばヴェネツィアンスタイルである。
そのロビーに入ると、なにやら偉そうな男性二人が出迎えた。
「あ、その人達は総支配人と接客部長。その人達について行けば、あんたの部屋に到着するから」
こんな偉い人達が出てくる理由は大体察してしまったので、深くは追求しないことにする。
「了解。ルイはどうする?」
「実家の王宮に一旦帰って、顔を見せてくるわ。今日の夕食はこのホテルで食べるから、これからの事について話し合いましょ」
そういうと、ルイはSPの人達と一緒にホテルを後にした。
「では、ご案内いたします。その前に……」
接客部長はバーコードリーダーみたいな機械を僕のWDにかざした。
「これで、笹見様のWDは、笹見様のお部屋のカギとしての機能を付随されました。以後、扉の取手の上に付いている読み取り機にかざせば、ドアは開きます。では、参りましょう」
スーツケースを営業部長に預け、僕は総支配人と営業部長の後に付いて行った。
エレベーターに乗り、やって来たのは15階建ての建物の内の5階。一般客室だった。
中はチュナーティ号の部屋よりも1.5倍位広く、シャワールームがバスルームになっている等の違いがあるだけだった。
しかし、きちんとテラスが付いているし、しかも大運河の目の前だった。これだけ圧巻の景色が独り占めできるのは、素直にうれしい。きっとこの部屋は、一般客室の中でも上位ランクの部屋なんだろう。
その後、営業部長と総支配人から照明や内線、ルームサービスの説明を受けると、自分一人の空間になってしまった。
そしてそのまま、しばらく部屋の中にこもり、テレビを見ていた。キエンポリスを敢行してもよかったのだが、初めての土地、しかも地球外惑星であるため、自分一人では心許ない。トラブルに遭っても、解決できるとは思えない。
だから安全策として、部屋に籠っている事にしたのだ。
それに、アルパ星のテレビはかなり面白い。今の日本では絶対に出来ない様な企画を平然とやるし、アルパ星の文化や価値観がある程度理解できた。テレビを見るだけで、一定の収穫が得られたのだ。
その日の夜、ルイとロビーで待ち合わせをし、そのままホテルのレストランで食事をした。
レストランではVIP専用の個室に案内され、総料理長直々の給仕を受けた。
気になる味は、全て自分が食べたことが無い位、美味だった。だが気になる点が……。
「料理と言い食材と言い……地球で目にした様な物ばっかなんだけど」
そう、今回の料理はイタリア風……というか、完全にイタリアンのコース料理なのだ。
さらに使われている肉は牛や鶏っぽいし、野菜もニンジンやタマネギみたいな、地球にありそうな物が使われてるし、パスタみたいな料理もある。
「それはそうよ。料理の基本なんて、どの星も同じなんだから、似たような食文化があったっておかしくないでしょ?」
「じゃあ、食材は?」
「それを説明するには、宇宙の生命がどういうふうに生まれたかについて説明する必要があるんだけど……」
宇宙のある星に、偶然にも生命体が生まれた。その星で知的生命体が発生し、科学技術が進歩した。
ある時、その知的生命体は自分達の生命が滅びないよう、その星の全ての生命体から作りだした命の種を、宇宙中にばら撒いたのだ。
命の種は運よく生命が活動できる環境の星に着陸すると、定着し、新たな命を作り出した。
このような事情があるため、(独自に進化したりして固有種が生まれる事があるが)この宇宙の生命体はどこも似たような姿になるらしい。
ちなみに、遺伝子に類似性があれば、交配して子供を産む事も出来るらしい。もちろん、人間も例外ではないそうだ。
「……と言う訳で、野菜や家畜に類似性があるのは当然のことなの」
「理解した。それより、そろそろ本題に入らないか?」
レストランで一緒に食事をしている一番の目的は、宇宙の神秘を議論するためではない。ビジネスの方向性について示し合わせるためだ。
「明日、アルパ商事傘下の会社で試薬用寒天を必要とする企業3社を集めて、説明会を行うわ。傘下企業は、バイオ・医療系の『アルパ・バイオ・メディカル』、食品系の『アルパ・フーズ』、農業系の『アルパ・アグリ』」
どの分野も、微生物とは切っても切れない関係性を持っている。それらの企業が参加するのは、納得出来た。
「その席で関係者を納得させられれば、寒天を買ってくれるし顧客を仲介してもいいと言っていたわ」
「なるほど。つまり明日が勝負どころってわけか」
食事を終えた僕はルイと別れ、部屋に戻った。
そして明日のプレゼンに向けて入念な準備を行う。おそらく相手もビジネスだから、王族相手でも容赦はしないだろう。
それを乗り越えなければ、便利な試薬を広められなくなるし、ルイの沽券にも関わる。
その日の夜、気づけばいつの間にか徹夜していた。
「よく眠れた?」
「そんなわけない」
翌日、ルイと共に迎えの車に乗り込み、そのまま会場となるアルパ・バイオ・メディカルの研究施設へと移動していた。
正直なところ、徹夜していたのもあるが、緊張で眠れなかった。これからの自分達の命運を決める舞台ともなると、様々な不安が渦巻いて寝付けなかったのだ。
そして不安と緊張がごちゃ混ぜになった様な感じは、今も続いている。
しばらくして、会場に到着した。ここは錬金術が幅を効かせていた時代から存在する由緒正しい研究施設なのだそうだ。
建物を目の前にすると、緊張感がさらに増す。そして会場となる部屋に入った瞬間、大勢の関係者を目の当たりにすると、心臓の音が聞こえる程になった。
だが、ここまで来たら腹をくくるしかない。
僕は部屋の前方にある実験台に立つ。それと同時に、司会者らしき人がマイクを使って開会を宣言した。
「ではこれより、試薬用寒天の説明を開始します。なお、あらかじめ断っておきますが、皆様もご存じのとおり、ご紹介します商品はルイ・キエン王妃殿下の成人の儀によって手に入った品でございます。
しかし、王妃の事情と今回の説明会は別、とお考えください。技術者、経営者の視点から、公正な目で判断されますようお願いします」
やはり、ルイの立場を汲んで甘い採点はされないようだ。
「今回のプレゼンターは、地球からやって来た笹見文人氏です。では笹見様、お願いします」
「ご紹介にあずかりました、笹見です。ではこれより説明を始めさせていただきます」
遂に始まった。だが、いざ説明を始めてみると、身体が勝手に動く感覚にとらわれる。心と身体が解離しているような、そんな気分になるのだ。
僕の体は、説明をしながら手を動かす。あらかじめ用意された、フラスコ内に入っている培地に寒天を1.5%の濃度になる様加え、よく撹拌する。
それをオートクレーブ(滅菌用の釜みたいな装置)にかける。
それが終わると、適度な温度に下がる様に、そして寒天のダマを作らない様にある程度撹拌する。
その後、クリーンベンチでシャーレに培地を注いだ後、余分な水分の乾燥と冷却を行い、完成する。
「これで出来上がりました。後は、皆さんが普段お使いになられている通りに使用していただけます。何か質問は?」
「寒天の量を少なくした場合、どうなるのでしょうか?」
いきなり、今回最大の山場であり、機械があれば教えたかった事を聞かれた。
この答えは、すでに用意してある。あとは上手く伝わるかどうかだ。
「その場合、ある程度流動性を持つ『軟寒天培地』という物になります。菌体を付けた梁を使って軟寒天培地に突き刺して培養しますと、細菌は自分の好みの酸素濃度を持つ場所で繁殖します。つまり、酸素を好む物ほど上部に、嫌う物ほど下部で繁殖します」
つまり、酸素濃度の生育条件が不明な菌でも、大抵培養出来てしまうのだ。これだけでも、かなり手間が省けるだろう。
そのほかにもいくつか質問が来たが、全て予想して来た物であったため、早めに切り返せた。
「では、以上で説明会を終了します。各社に割り振られた会議室で協議を行い、採用・不採用の判断をお願いします。姫殿下と笹見様は、控室にて結果をお待ちください」
「上手く説明できてたじゃない」
「そうか?」
無我夢中で説明をこなしてはいたが、今考えるともっといい説明ができたんじゃないかと思ってしまう。
だが、もう過ぎたことだ。ここは思考を切り替え、結果をおとなしく待つしかない。
お昼を過ぎていたため、僕達は提供されたサンドイッチとペットボトルの紅茶で軽い昼食を取った。
そして昼食を食べ終わる頃、部屋のドアが叩かれた。
部屋に招き入れると、そこには各社の代表者三名がいた。その人達は、口々に結果を告げようとした。
また、緊張感が走る。説明会直前の時みたいに、心臓の音が聞こえるのだ。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、3人そろって口を開けた。
「我がアルパ・バイオ・メディカルは、寒天の納入を決定いたしました」
「アルパ・フーズもです」
「同じく、アルパ・アグリも」
「……わかりました。ありがとうございます」
そして、正式な契約書を交わす日程を軽く打ち合わせた後、3名は出て行き、それぞれ本社に戻った。
それを見届けた後、僕はおもむろに立ち上がり、喜びを口にした。
「よっしゃーーーーーー!!」
「やったわね、文人!!」
二人揃って、踊りだしそうな位に歓喜した。密室だったからよかったものの、外だったら変質者を見る目で見られていたことだろう。
感情の高ぶりが落ち着くと、僕達も車に乗って帰路に着いた。
その日の夜、商談成功祝賀パーティーがささやかに行われたことは言うまでもない。
数日後、僕とルイは、ロイヤル・アルパ・ホテルの会議室を借り、アルパ・バイオ・メディカル、アルパ・フーズ、アルパ・アグリの代表取締役と契約書を交わし、商談成立と合いなった。
1ヵ月後、8月の事。
契約を締結してから、何度かアルパ星と地球を往復し、寒天を売りさばく日々が続いていた。
ある日、アルパ星に向かっている途中、ルイがこんなことを言い出した。
「そろそろ、早期完了を警戒する必要があるわね」
成人の儀は、律儀に3年間やる必要はないそうだ。3年に達するまでに、成人の儀を完了するに足る成績を残した場合、王室庁の儀礼部と国王の協議により、成人の儀を早めに切り上げることが出来るそうだ。
「そうなると、『バフェット』を襲名する様な成績が出せなくなる訳か」
「そうね。でも、そんな心配はしなくていいと思う。早めに切り上げるパターンって、本人の希望があるか、さっさとアルパ商事の管轄にしてしまった方が都合がいい場合に限られるから。万が一って話よ」
そうしている間にキエンポリス宇宙港に到着。いつものようにSPの出迎えが来て、車に乗るのだが……今日はなぜか見慣れないスーツ姿の男性がいた。
「王室庁儀礼部の者です」
噂をすればなんとやら。まさか、儀式の早期切り上げか?
そう思い、つい身構えてしまう。ルイも緊迫した様子で、儀礼部の職員から手紙を受け取る。
おそるおそる手紙を開いてみると……。
「なんて書いてあった?」
「これは……」
思わず息を飲む。早期切り上げを覚悟した。
「……お叱りの手紙よ」
「……へ?」
「つまりね、今の仕入れって、アルパ星の貴金属を換金しているでしょ?」
その後のルイの説明によれば、地球とアルパ星間で公式に通商条約が結ばれていない以上、円やその他地球の金銭とアルパ星のベネを交換できない。だから現在、アルパ星の貴金属を仲介して寒天の仕入れ料を支払っている。
しかしこれは、アルパ星の貴金属を流出させている行為でもある。だから、地球でも売れるアルパ星の商品を見つけ、貴金属流出に歯止めをかけろ――と、王室庁と国王から注意を受けたのだ。
僕は早期切り上げの危機が去った事に安堵しつつ、悩み事が増えてしまった。
「また、課題が増えたな……」