表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらアルパ貿易商社  作者: 四葦二鳥
プロローグ
1/25

プロローグ

 5月中旬、梅雨の足音がやって来た日の事だった。

 その日僕は、4年と少しもの間、通い慣れた通学路を歩いていた。


 僕の名は笹見(ささみ)文人(ふみと)。今日この日までバイオ系大学院生だった、24歳、眼鏡をかけている所以外はまあ普通の男だ。

 『だった』と言うのは、今日を持って大学院をやめたからだ。

 やめた理由は、人間関係に嫌気がさしたとか、実験が上手くいかなかったとかではない。別に研究室のメンバーとはそれなりに上手く付き合っていたし、実験もいいデータが取れるようになっていた。


 では、何が原因でやめることになったか? その答えはいたってシンプルで、父親がリストラされたからだ。

 父親は再就職を目指しているが、もう50を過ぎているため、まず絶望的だろう。そのため、予定よりも早く自分が修飾しなければならない状況になったのだ。


 この説明を研究室の仲間や先生に話した時、非常にいたたまれない顔をされたのがまだ印象に残っている。おそらく、2年後の卒業まで一緒に研究したかったのだろう。

 だが現実は非常で、僕や先生やラボメンバーの望み通りにはならなかったのだ。


 今日は簡単な送別会を経て、大学から家へ帰っている所なのだ。今はまだ大学の最寄り駅に向かっている途中なのだが。


 歩きながら、明日からどうやって就職活動しようとか、そもそも学校の支援を受けられない状況で本当に就職できるのかとか、様々な不安からくる考え事で頭がいっぱいだった。

 だから、前方不注意で人と衝突してしまった。


「キャッ!」

「いたた……。大丈夫ですか?」


 とりあえず最低限の礼儀として謝罪の言葉を口にし、手を差し伸べる。

 衝突した相手は、小柄な体躯に、不自然な明るさだが染髪料なんかで染めたとは思わせないような赤髪をツインテールにした女の子だった。


「あー、別に気にしないで下さい。あたしも全然前を見てなかったから――ん?」


 少女は地面に焦点を合わせたまま、動かなくなった。見れば周囲には本が散乱している。

 僕が研究室を引き払う時に回収した、自前の専門書の群れだ。


「ぶつかった時にカバンから飛び出してしまったんですね。本に当たってケガとかしていませんか? 今すぐ片付けますから」


 そして本を回収する作業をしていると、少女から不意に声がかかった。


「ねぇ、この本、全部あんたの?」

「それはそうですが……」

「とうとう見つけた! あたしの求める人材が!!」


 すると少女は僕の作業速度の倍は動き始め、瞬く間に全ての本を僕のカバンに入れてしまった。


「それで全部? それじゃ、あたしに付いて来なさい! 拒否権はないから!!」


 そして有無を言わさず、少女は僕の手を引っ張り、無理矢理連れ去ってしまった。

 少女を男性が誘拐する事件は聞いた事があるが、少女が成人男性を誘拐するなんて聞いた事がない。

 彼女の体格を見るに、僕の力だけで簡単に振りほどけそうな気がした。だが、少女からはそれを許さないという気迫の様な物が感じられた。

 だから、僕は特に抵抗する事もなく(『出来ない』と言った方が正しいかもしれないが)少女に引きずられていったのだ。



 連れて来られたのは、大学の近くにある川だった。この川は、よくサークルや一部の研究室の人達がバーベキューを行う場所として知られる、大学ではちょっとした有名スポットだ。


 だが、僕が引っ張られた場所は、バーベキュー場から大分離れた、人気のない寂しい場所だった。


 そんな場所で、少女は銀色の輝きを放つ、宝石の様な装飾はないが使用されている技術や重厚感から、かなり値段が張ると見える腕時計のスイッチを押した。

 すると、SFでしか見たことのないホログラム画像が現れたのだ。


(な、なんだ、あの時計は?)


 現実離れした光景に驚き固まっている僕を尻目に、少女は淡々と画面をタッチし、何かの作業を続けている。

 3分もかからない内に作業が終わり、画面が消えた。すると、川の水面にぽつぽつと泡が出現した。

 それはだんだんと大きくなり、激しく沸騰しているんじゃないかと錯覚するような激しさになる。


 しばらくすると泡は収まったが、それと同時に、水色の不可解な物体が顔を出した。

 僕は得体の知れない部隊の正体を見定めようと凝視しようとしたが、そうする間もなく謎の物体からレーザーが自分達に照射された。


 そして、いつの間にか全く違う空間に飛ばされていた。

 円形の空間、正面には大きなモニター、中心には巨大な円卓とイス10数台。しかもかなり高級そうな木製だ。

 部屋の隅の所々には、見たことのない様な観葉植物が置かれていた。


 かなり付いて行けない急展開に頭がフリーズしていると、少女は画面の前に立ち、堂々と仁王立ちして言い放った。


「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。あたしはルイ・キエン。あんた達地球人から見れば、いわゆる『宇宙人』ってやつよ」

「笹見文人……よろしく……」


 自己紹介されたので、とっさに自分の名前を教えてしまった。

 しかし――宇宙人? 外見は(髪の色を除けば)地球人っぽいのだが……。そもそも、かりにこいつが宇宙人だったとして、僕を捕まえてどうしようと言うのだ?

 まさか、都市伝説でささやかれるように人体改造とか生体実験の被検体にされるとか……?


「盛大に勘違いしてるみたいだけど、違うから。別にあんたらを解剖したところで得られる物なんか大してないから。

 あたしは、協力者を探しに来たの」


 なんか引っかかる事を言っていた気がするが、どうやら危害を加える気はないらしい。


「まあ、僕に何かをしようってわけじゃないのはとりあえずわかった。だが、君が宇宙から来たという確証が欲しい。

 なんせこっちは、異星人と出会った事なんかないんだからな」

「そうね……、ちょっと待ってて。」


 少女……ルイ・キエンと言った女の子は扉の一つをくぐってどこかに行ってしまった。戻って来たのは10分後だった。


「とりあえず、こんなもんでどうかしら?」


 持ってきた物は二つ。一つはローラーのないスケボーっぽいもの。

 これは『ホバーボード』と言い、某タイムマシン系SF洋画の名作の第2作に出てきた物と大体似ている。形も機能も。

 ネット上の動画でそれっぽい物を研究している映像を見たことがあるが、目の前にある物は動画の物とは一線を画している。安定性抜群だし、ほぼ間違いなく商業的に量産されている物だ。

 今回は狭い室内で乗ったため大したスピードは出せなかったが、インドア派の僕でも外の広い場所に出て、思いっきり飛ばしたい欲求が湧いてしまった。


 もう一つは、シンプルなヘアバンドらしき物。なんとこれを頭に着けるだけで、物に触れることなく念じるだけで物を動かせてしまうのだ。

 実際に観葉植物を動かしてみたが、かなり楽に持ち上げられたし、操作も簡単。さらに頭に不調が出る様子もない。

 ルイ・キエンの解説によれば、これは日常的な掃除や模様替え、荷物運びに使う『家庭用』で、他にも最大出力によって『業務用』『土木建築用』があるらしい。

 まあ、不必要な力を町中でブッ放されちゃ色々問題が起きるだろうから、用途別になっているのは理解可能だ。

 あと、このヘアバンドの名前は『念動力バンド』と言うらしい。ド直球な名前だ。


 さらに、彼女が持っている腕時計の事も教えてくれた。

 腕時計の名前は『ウォッチデバイス』、略称『WD』と言い、自分達の感覚で言うところの携帯電話の様な物らしい。

 もちろん、能力はどんなに高性能なスマホでも追い付けるような物ではなく、乗り物のカギやキャッシュカードの機能等も搭載しているらしい。


「うん、これだけ地球にはない物をホイホイ見せられたら、納得せざるを得ない」

「納得していただけてありがとう。それじゃ、次はあたしの出身星についてだけど、あたしが説明するよりはこれを見た方が早いわ。適当に座って」


 そう言うと、ルイ・キエンはWDをまた操作した。どうやら目の前の画面を起動させているらしい。


 そして始まったのが、『おいでませ アルパ星』と派手なテロップが早々に登場した、観光促進番組だった。


 要約すると、アルパ星は銀河系の中心付近にある星の一つで、運河が発展している。その規模は、宇宙から視認できる物がいくつかあるほどだ。

 そういう土地柄のせいか、どことなくイタリアのヴェネチアっぽい街並みが印象的であった。

 首都はキエンポリス。アルパ星の王家である『キエン家』の名を冠した街で、今でもキエンポリスに宮殿があり、王族が住んでいるそう。

 政治は議会制で、内閣もある。王家は1万年の歴史の内、前半の5000年程は政治の頂点に君臨した、いわゆる『専制君主制』を取っていた。

 しかし後半の5000年ほど前から『議会政治制』に移行し、王や王家は象徴でしかなくなった。要は、今の日本の皇族やイギリス王室みたいな制度になった訳だ。

 ただ、歴史的な経緯から、王家が会社を持ち、経営している点が独特と言えた。地球人の感覚で言えば、油田を持っているアラブの王家の様なものだろうか。

 他にも自然を売りにした観光地やビーチリゾート、温泉地なんかも紹介されていたのだが、それは別の機会に話そう。


「うん、大体アルパ星の事については把握できたと思う」

「それは何より。それじゃ、やっと本題に入れるわね。あたしの目的についてよ。

 その前に大前提みたいな話をするけど……今の映像を見て、あたしの名前に引っかかりを覚えない?」


 確かこいつの名前はルイ・キエンだった。

 ん? キエン……? どっかで聞いたような……。


「あ! 王家と同じ名字!」

「そうよ。あたしの肩書は、アルパ王室第一王女、ルイ・キエン。現国王バフェット5世の長女で、王位継承順位第1位よ」


 なんと、この一見おてんばな少女の正体は、アルパ星の王女で次期女王陛下だったのだ。

 言われてみれば、僕を引き連れていた時、何か有無を言わさぬような雰囲気を出していたと思ったが――あれが王として人の上に立つ者の素質と考えれば納得する。


 それと同時に、今まで僕がとって来た態度に寒気を覚えてしまった。


「そ……それでは……ルイ様は、どのような目的でこのような未開の星に起こしになられたのでしょうか……?」

「かしこまった言葉遣いにならなくていいわよ。そういう堅苦しいの嫌いだから。

 で、目的だけど、『成人の儀』を遂行するためよ。この儀式の由縁は、アルパ王家が会社を持つようになった経緯に関わって来るんだけどね……」


 今から7000年ほど前、アルパ星は歴史的な大不況に見舞われ、国民が貧困にあえいだらしい。

 それを助けたのが、当時成人したばかりの王子だった。王子は自分の私財を元手に商売をはじめ、見事に危機を救ったと言う。

 そして王子が王となり『バフェット1世』と名乗った後も、民衆は王を慕い、長期に渡る繁栄の礎を築いたと言う。

 この時にバフェット1世が立ちあげた商売を行う会社が、今でも王家が持っている会社『アルパ商事』なのだ。

 同時に、バフェット1世が商売を始めたのが成人したばかり出会ったため、以後成人の儀式として、『新成人(18歳)になる王家の人間は、王家から支給された1千万ベネを元手に新規事業を立ち上げ、最長3年間で挑戦する』というミッションを与えられるらしい。

 ちなみに『ベネ』とはアルパ星の通貨単位で、ルイが持ち込んだ経営・経済用コンピューターの演算によれば1ベネ≒100円らしい。


「なるほど。それで、商売の種を探しに地球まで来たってわけか」

「そうよ。でも地球の存在は知っていたけど、どういう星かまでは良くわからなかったから、現地で協力者が欲しかったのよ。

 まだ他の星と交流が無い星だから、不安はあったんだけど、最悪記憶を消すかアルパ星に連れて行ってそこで暮らしてもらうっていう選択肢があったしね」


 恐ろしいこと言うな、この娘は。しかもそう言う事が出来る国力や技術がありそうだから余計に怖い。


「で、なんで大学の近くをうろついてたんだよ? あそこは理系の大学だから、経済的な事は専門外なんだが……」

「いろんな知識が欲しかったからよ。経済や経営については、幼いころから王家の伝統で習っているから、あたし一人でも何とかなるし」


 後で聞いた話だが、どうやらアルパ王家は会社を持っている事と経営に関して英才教育を施す事から、他の星の人から『ビジネスマン王族』の異名を付けられ有名らしい。


「ところで、事業が失敗したらどうなるんだ? まさか、成人出来ないとか……」

「それはないわ。儀式成立当初はそういう規定があったみたいだけど、王家が会社を持っているからそれを使って裏技的に成人出来たみたいだし。

 そういう事が横行したせいで、いつか儀式不成立の条項が無くなって、大赤字を出しても『まあ頑張ったし、これからに期待だよね』っていう感じで儀式達成扱いになるわ。

 だけど、稼げば国民や国王から高い評価を受けるし、上手くいけばアルパ商事の所管事業になって、入社早々、プロジェクトの責任者になれる。だから、みんな絶対に真剣にやるわね。

 それに、次期国王が成人の儀で歴史的な記録を叩きだすと、王位に就いた時に『バフェット』を襲名するから」


 襲名に関しては、理解できることだ。おそらく経済面で歴史に名を残したバフェット1世にあやかったものだろう。

 だが、バフェットか……。確か、今の国王もバフェットだったような……?


「なあ、もしかして、君のお父さんって……」

「そうよ。あたしのお父さんは、成人の儀で歴史的大成功を収めた。だから『バフェット』の名前を襲名している。

 そしたら、娘のあたしは否応なく父親の影響が干渉してくるの。たとえ儀式に影響しなくても、世間の目が変わってしまう。『父君は大金を稼いだのに、娘はできなかった』とかね。

 だから、あたしはこの儀式を成功させて、『バフェット』の名を絶対に勝ちとって見せるのよ!!」


 力強い目で、彼女は言った。


 僕はそんな経験はないが、あるテレビ番組のインタビューを思い出してしまった。

 インタビューを受けたのは、有名老舗洋食店の店主。インタビュアーから『お仕事をなさる上でつらい事はなんでしょうか』と聞かれると、その人はこう答えた。


『老舗ですから、先代、先々代からの常連も多い。だから、どうしても先代と比べられてしまう。それが嫌なのだが、どうしても避けられない』


 おそらく、ルイもそういった宿命を生まれながらに背負っていて、絶対に逃げる事は不可能なのだと。

 そう考えて来ると、力になれる確証はなくても、手を貸してしまいたくなる。自分の損得勘定を抜きにしてもだ。


「君の事情はわかった。ちょうど僕は暇になった所だし、いくらでも協力してやる」

「当たり前じゃない。初めからそのつもりよ。あなたが持っていた本で直感的にわかったわ。『この人は、あたしが必要としている物を持っている』ってね。

 それと、協力関係を結ぶ上で、一つ条件があるわ」


 条件、か。無理難題でなければいいが、どうもこの人はそういう事をけしかけて来る感じがしてならない。


「簡単なことよ。これからお互いの事をファーストネームで呼び合うの。言ったでしょ? 堅苦しい事は嫌いだって」

「そうか。なら、これからよろしく、ルイ」

「こちらこそよろしく、文人」


 こうして、僕は初めて就職(?)を果たした。それにしてはスケールが大きい様な。

 さらに今日の出来事をきっかけに、地球の歴史が大きく変わってしまうのだが、この時の僕はまだ、あまり深くは考えていなかった。


自分の金銭欲求と妄想が爆発したような小説です。あまり期待しないほうがいい、かも……?


ちなみに作者は貿易とか経営とかは専門外ですので、何かネタがあったら教えていただけると幸いです。

ついでに、細かいことは気にしないで頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ