休み明けの風景
あ〜あ。
連休、終わっちゃった。
始まる前は「あれもしよう、これもしたい」って、いろいろ考えてたけど、いざ始まると時間はあっという間に過ぎてしまう。
そして、休み明け。
足取りも重く職場に向かう。
でも、悪いことばかりでもない。
休み明けの職場は遠出した人たちのお土産であふれかえる。
バターたっぷりクッキー。
ありとあらゆる種類のまんじゅう。
果物にジャム。
給湯室はデパ地下ですか、ってくらいいろんな食べ物がそろっていて、休憩タイムが待ち遠しくなる。
さらに、大型連休で何日も休みが続くと海外に出かける人もいて、お土産もインターナショナルになる。
マカデミアナッツ。
干しパパイヤ(正式名は何だろ?)
包み紙に外国語が書いてある一口サイズのチョコ。
食べ物以外にもソープあり、ステイショナリーあり、配るときに本人からちょっとしたみやげ話が聞けるのも楽しい。
「あ、秋葉さん。連休どうでした?」
私は遅れて出社してきた同じ部署の秋葉さんに声をかけた。
秋葉さんは公私ともに認めるオタクで、口を開けばいつもゲームかマンガ、アニメの話をしている。休日ももちろんゲーム三昧で、休み明けには何のゲームをしてどう戦ったかを身振り手振り交えて熱く語ってくれる。
そして、彼の場合は。
どんなに長い休みでも遠出せずにゲームばかりやっているので、お土産もゲーム関連だ。
『薬草。これから回復ポーション作れるよ』
『魔法石』
『超レアアイテムの竜のウロコ』
律儀に部署の人数分あるらしいが、どれも彼がやってるゲームにアクセスしてバーチャルで取りに行かないともらえないとのこと。
「どうせ口だけだって」
「私、ゲームしないから、もらっても意味ないし」
「レアなアイテムじゃなくていいから、ちゃんと会社に持ってきてお茶の時間に配れるものにしてよ」
以上は同僚たちからのコメント。
おしなべて不評である。
全く空気が読めず、ゲームに夢中になって平気で遅刻してきたりするので職場では困ったちゃんあつかいされてる秋葉さんではあるが、実は私は密かに思いを寄せていたりする。
何て言うか、隠れイケメン?
だけど言動的に問題面ばかり目立つから、社内では誰も秋葉さんの魅力に気づいてない。
なので、私は彼を見ては、
「ぼさぼさの頭をもうちょっと今風の髪型にして…」
「メガネのフレームを変えて…」
「あのネルシャツをさわやかな感じのコットンシャツに…」
などと勝手に空想して、ひとりで盛り上がっているのだ。
あ、でも。
この休みに、私は秋葉さんに対する理解を深めようと、自分なりにちょっと努力してみた。
「私、連休中にゲームにハマってたんですよ。仮想空間上の家に部屋を作って内装を飾ったりするタイプの…」
そう!
貴重なこの大型連休に、私は新作ゲームにトライしていたのだ!
休み明けに秋葉さんと共通の話題が欲しかったから。
「…部屋、ねぇ」
あれ?
でも、思ったほど秋葉さんの食いつきがよくない。
やっぱりゲームでも冒険ものじゃないとダメなのかな。
よく見ると、秋葉さんは何だか顔色が悪く、ひどく憔悴していた。
「どうかしたんですか? …もしかして、またゲームのやりすぎ?」
「いや、やりすぎっていうか…」
秋葉さんは力なく首を振った。
「俺は今回すごいゲームやってたんだよ。本邦初のVRMMOのβ版ってヤツ。抽選で当たらないと出来ない超レア物で、ギアとかいろいろ必要だし、事前に保険とか入っとかなきゃならないから、β版にも関わらずスタート時からかなり金もかかった」
「へー、保険に入らなきゃならないゲームなんてあるんですか」
「VRMMOだからね、本邦初の。プレーヤーに何が起こるか分からないからって」
「えー、そうなんですかぁ」
秋葉さんの言ってること、全然分からない。
でも、会話が続くからうれしくて相づちを打つ。
「だけど。始まって、しょっぱなからいきなりとんでもないアクシデントが起こってさ」
「えー、どんなー?」
「スタート場所は一軒の家の中だったんだが…俺たちはそこに閉じ込められて出られなくなった」
「へぇ。でも、それだったら、家の中で他のプレーヤーと遊んでればよかったんじゃないですか?」
「俺もそう思った。だから最初の1日は自己紹介したり、家の中にある物使って時間つぶしてた。みんなでテレビ見たりして」
「テレビ、見られるんですか、バーチャルで。知らなかった」
「しばらくはそれでよかった。だけど、それから大変なことが判明した」
「テレビにDVD機能が付いてなかった、とか?」
秋葉さんはがっくりと肩を落として下を向いた。
「ちがう。……その家にはトイレがなかったんだ」
「トイレ? でも、バーチャルなら、別に大したこと無いんじゃ」
秋葉さんがきっと顔を上げて私を見た。
その目は赤く血走っていた。
「大ありなんだよ。俺がやってたのは、VRMMO、つまり、体感型の超リアルなゲーム。だから、仮想空間のキャラクターと連動して、俺たちも時間が経てば空腹になるし、トイレにも行かなきゃならなくなるんだ」
「ってことは…」
「トイレに行きたいが、トイレがない。それが体感型ゲームの仮想空間で起こるとどうなると思う?」
「…いえ」
「糞づまりになっちまうんだよっ、プレイヤーがぁっ!!」
大声で叫ぶと秋葉さんはフロアにうずくまった。
「それからだ。…俺は地獄を見た。大勢の仲間がばたばた倒れていった。…スタート場所から一歩も外に出られないまま。そして。…変色して…ひとり、またひとりと…」
秋葉さんはすすり泣いていた。
「死んでいったんだ。分かるか? みんなゲームをしに、仮想空間での冒険や戦闘を楽しみに来たのに、何もできず糞づまりで苦しみながら死んじまったんだぜ。俺はただそれを見てるしかなかった」
「それで、秋葉さんはどうやって助かったんですか」
泣きながらも、秋葉さんはサムズアップした。
「俺は生粋のゲーマーでね。プレイの前からトイレ行く回数を極力減らすよう体調を整えてきた。本番ではボトルもオムツも装備していたし。それに、いざとなったら仮想空間でもぶちまける覚悟だったから、精神面でも他のプレーヤーより頭ひとつ突き抜けていたんだと思う。だから生き延びたよ。11日間の大型連休を」
「11日間も!!」
私は驚きの声を上げた。
秋葉さん、連休の間じゅうずっとプレイしてたんだ…。
「そして俺はサブ垢使いのチート持ちでもあるんだ。だから家に閉じ込められている間にもうひとつのアカウントでNPCを乗っ取り、それを操って最後は外から窓を叩き壊した。サブ垢のNPCが俺が閉じ込められた場所にたどり着くまでに時間がかかったが、おかげでどうにか死なずにすんだ」
「すごい、やりましたねっ!」
実は秋葉さんが言ってることの半分も理解できてないが、とりあえずほめておいた。
今、彼はここにいるんだから、ゲームはクリアしたんだよね?
「ちくしょう、運営のヤツ、変なところにバグ残しやがって! 今もまだどこかに閉じ込められて死にかけてる連中がいるかもしれないんだ! 早くレポートしないと!」
「でも、もう仕事、始まってますよ。ゲームのことは会社が終わってからにしましょう」
私がそう言うと、秋葉さんは一瞬、絶望的な表情をし、それからとぼとぼと自分のデスクに歩いて行った。
秋葉さん、すごくやつれてるようだけど、充実した休日を過ごせたみたいでよかった。
あ。
秋葉さんの話を聞いていたから、うっかり質問しそびれちゃった。
私は連休の初日にゲームを始めたけど、最後まで終わらなかった。
というか、1日で飽きて、途中で放り出したままなのだ。
だけど。
セーブのしかたが分からなくて。
せっかく凝って作ったお部屋だし、消しちゃうのは惜しいから残りの10日はログインしたままにしてあるのよね。
どうしよう。
私のやってたゲームは『シヌシティ:私はVRMMOの裏方さん』っていうタイトルで、これも本邦初らしい。
会社が終わってから秋葉さんに教えてもらおうっと♪