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3話 正体は

遅れてしまいました!

仕上げの表現に時間を取られたので、多少文脈がおかしかったりするかもです。

ご指摘、ご感想等お待ちしてます!

生い茂る雑草や木々を掻き分けて進む。

これが単純なようで、また面倒くさい作業だった。

掻き分けなければ、刺をもった木々が顔や体にかすり、切り、時には刺さる。それはダメージ判定があるのか、ほんの僅かだが、しかし確実に残りのHPを削っていく。

現状、最高級とは言えど回復ポーションが一個しかない俺にとって、この状況は非常に宜しくなかった。

いつ敵に遭遇し、いつ大ダメージを受けるかわからない。また、ここで仮にHPがなくなったとして、それは現実世界への復帰になるのか、それとも永遠にこの世に戻ることにはならないのか。

それらが全くと言って言いほどわからない今の状況では、極力HPが無くなるのは避けたい。

それは当然の結論だった。

──だが、運命は時に残酷で、どのような状態に陥っている人であっても容赦無く巻き込むことがある。

結局はそういうことなのだ。

いくら自分が危機的状況に晒されていようと、目の前で今にも敵モンスターから殺されそうになっている女の子を、例えそれが仮の命で何度でも復活するにせよ、見殺しになどできるわけがない。

それが彼の決断だった。


「せああああああああああ!!」


右手に持っていた、ショートソードなどと名の付いた片手剣を咄嗟に構え、今にも噛み付かんとしている狼のようなモンスターに斬りかかる。

型もクソもなく完全な素人の切かかりだったが、標的を前に油断していたのか、その狼はスキル攻撃でもない通常攻撃をまともに食らい、気づけば視界の左上に表示されていたHPバーを3割ほど減らしていた。

カイト知る由もないが、HPバーに表示されているそのモンスター名は中級者層で『狩人』とまで呼ばれている、凶悪モンスターの中でもトップに入るほどのモンスターだ。一撃食らえば、上級者でもない限りHPの半分は軽く持っていかれるという強さを誇っている。

勿論攻撃力だけではない。

そのHPはトップクラスではないにしろ、通称のモンスターよりは高く、また耐久力もそれなりに高いのだ。

にも拘らずカイトが3割強にも及ぶ大ダメージを与えられたのは、単に彼の異常なまでのステータス補正が結果として攻撃力を上げたからだろう。

だが。

それはあくまでも、狼が油断していたからまともにヒットしたのだ。

『狩人』などと呼ばれるだけあって、その素早さも伊達ではない。

Rose Wolf──ローズウルフという名のそのモンスターは、一歩後退った後に体勢を整えるや否や鉤爪かとも思える爪を立て、真っすぐにカイトのもとへ突っ込んできた。

──早い!

そう思ったときには既に、ローズウルフは己の爪を持ってカイトの足を切り裂き、あっという間にカイトの攻撃圏外へと着地していた。

端に映るHPバーは、無情にも7割強ほどしか残っていない。

つまり、あのスピード重視の攻撃でさえ3割弱も持っていかれたのだ。

それが最大攻撃力で来れば──。

カイトの額に嫌な汗の玉が浮かぶ。

同時に、先程までは全く意識していなかった喉が異常なまでに渇きを訴える。

ジリジリと下がって距離を取るが、その行動自体は殆ど何の意味も持たない。

なにせ視認速度を超える攻撃だったのだ。数メートル下がっても効果がないものに、ましてや数歩下がっただけでその攻撃がよけられるとは到底思えない。

それはカイトもわかっている。要は気休めなのだ。

いつ殺されるかわからない状況、そしてそれが本当の死を意味するのかわからない恐怖と、しかしながら自分が人を助けられるかもしれないという僅かな希望、そして自尊心。それらの感情に板挟みになりながらも、しかし彼は戦うことを諦めなかった。

一瞬だ──。

相手が出てくるその一瞬。

そこで方向さえ見分けられれば、たとえ避けられないとしても相手が来る方向へその頼りない片手剣を向けることができる。

そして片手剣さえ相手の方を向いてしまえば、あとは相手がその剣に自ら首をかけるのみ──。

奇妙にデジタル化された世界に風の渦が巻く。

その風が止み、巻き上げられた木の葉が両者を分かつ地点に落ちた。

刹那、再び一陣の風が吹いた。

いや、そう錯覚させるほどローズウルフが疾く跳んだ。

その方向はカイトから見て右。迂回して脇腹を狙う経路だが、果たしてその剣が間に合うかどうか──!


端的に言えば、彼の剣はローズウルフの動きに間に合わなかった。

然らば、彼の身はローズウルフに引き裂かれ、その体を無機質なポリゴンに変え、辺りに撒き散らして消えてゆくはずだった。

なにせローズウルフの攻撃は、カイトの予想を覆し、心臓──つまり、クリティカルを狙っていたからだ。

防御もくそもなく、カイトの偽りの体は爆散するはずだった。

が、この場には何もカイトとローズウルフだけが居たのではない。

一時的に戦闘から離脱したとは言え、その場にはもう一人──危険域にまで体力を減らした少女が一人いたのだ。

そしてそれが戦力にならないとは限らない。

風が渦を巻くその寸前、彼女の周りでもう一つ現象が起きていた。

彼女が何かを呟くと同時、腰に差していたやや大きめのダガーが光を放つ。

ダガーに込めたのは五属性──火・水・土・雷・闇の内の、速さの象徴である雷。

少女はそのダガーに手をかけるや否や、ローズウルフが通るであろう経路に向かってそれを投擲する。

ダガーとローズウルフはお互いに凄まじい速度で距離を縮め、やがて衝突し。


残り7割あったはずのローズウルフの体力を全損させた。



ダガーを投げ抜いた状態で固まっていた少女は、呆然としているカイトを他所にしばらくしてから倒れた。

急いでカイトは駆け寄ったが、彼女の上のカーソルを見る限りHPはまだ微かに残っているらしい。

急いでメニューからアイテム欄を呼び出し、即座にポーションを手元に出す。

・・・が、ここで困った事態が起こった。

森から抜ける際にキショウに基本的なことを聞いていたときのことだ。

普通のRPGの類なら、アイテム欄から道具を選び、そのまま『使用』かそれに相当する言葉をクリックすればあとは勝手に機械が処理してくれる。

しかしこのSDVOの世界では、リアリティを追求するために触覚に始まり食事や排便など、様々な日常的な行為までできるらしい。

そしてプレイヤーにゲーム感をできるだけ薄くさせて、爽快感、満足感を味わってもらえるような仕組みになっている──ということだった。

それは戦闘中においても例外ではない。

アイテム欄を呼び出す際には仕方なく本来のゲームらしくメニューウィンドウが出てくるが、アイテムを使用する際には実際に使わなければならない。ポーションなら飲む、装備品ならその場で装備するなどと言った具合に、コマンド一つで処理してくれるわけではなく実際的に行動を起こさなければならないのだ。

話を戻すが、カイトはポーションを『少女に』使おうとしている。即ちそれは、少女自身がポーションを飲まなければ意味を為さないということだ。

気絶している人が、自らの意思を以て行動を起こすことはできない。

つまり──


「この状態で俺が飲ませないといけないってことか・・・。」


なんとも誤解を生みそうなシチュエーションである。

だがHPが危険域に達しているこの状況で放置すれば、瞬く間に別モンスターに襲われて抵抗することなく消えてゆくだろう。

最悪起きるまで待てば良いのだろうが、しかしそれではモンスターに襲われた時に自分だけで守ることが出来るとは到底思いにくい。

・・・仕方ないか。

そう思い直して、少女の体勢を仰向けに直してから右手にあるポーションの瓶を開ける。

そして口元へそのポーションを持っていった時、その悲劇は起きた。


「・・・・・?」


起きたのだ。ポーションを飲ませるために肩に手を回した状態で。


問1,今この状況で、少女からすれば俺はどのように見えますか?


頭の中で質問する。

すると、モザイクがかった声が、丁寧に、素直に、簡単にその質問に答えてくれた。


答1,変態です。不審者です。変質者です。今まさに犯罪に手を染めようとしているゲス野郎です。


そうですよね、と頷き返した瞬間、少女の手が霞むほどの勢いで俺の頬を打った。



「本当にすいませんでした!」


腫れた頬をさすりながら、何度もペコペコしている少女に目を向ける。

彼女は既にポーションを飲んで回復しており、しかし一方で俺はぶたれたせいで7割程度あったHPを数ドット減らしていた。


「ああ、そんなに謝らなくてもいいよ。元はといえば俺の対応が悪かったんだし。」

「いえ! 助けていただいた挙句に回復までしていただこうとしていたのに、それをいきなりぶっってしまった私が悪いんです!」


二重の大きい目に涙をいっぱい溜めて謝るその姿は非常に愛くるしかったが、生憎俺はそれを見てニヤけることができるほど人間が腐っているわけではない・・・と思いたい。

そもそもまずこんなに謝られたことがないのでどのような対応をしたらいいかがわからない。


「ええと・・・とりあえず顔上げなよ。あんまり謝られても困るし、それに最後は君に助けてもらったんだし。」

「でも! あの時助けに来てくれなかったら、私は死んでましたし・・・それに、最後に助けたと言ってもたかが一撃しか当ててないですし・・・。」


徐々に声のトーンが下がっていく。

参ったなぁ・・・。


「じゃあ、一応助け合ったんだし、とりあえずはお互い様ってことでこの件は終わったことにしようか。それよりも問題はここの森を抜けたいんだけど・・・。」


如何せん俺には、マップは愚か町の名前一つすら入っていない。エリナの言うことにはここは中級者向けのダンジョンだったみたいなので、殺されかけていたとは言えこの少女もある程度の実力者であることには違いないだろう。

そんな希望を抱いて少女の方に目を向けると、彼女はしょげた表情を何処かへ吹き飛ばし、自信満々の表情でこう告げた。


「お任せ下さい! ここら辺の土地勘ならマップを見るまでもなく頭に入ってます! なにせ生活に関わることですし、抜け道から店の場所までなんでも網羅してますよ! なんなら上級者層にだっていけますよ!」

「おお! それは有難い! 実は迷子になってたんだ。」


渡りに船、とはこのことだろうか。そういうことなら、とエリナの家がある場所も聞こうとして、


そして気づいた。いや、思い出した。

俺は彼女の家のある町の名前を知らない。

知らないものは説明のしようがない。


暫く口を開いた体勢で止まってしまった俺に不安を抱いたのか、少女がこちらを向いて、大丈夫ですか? と問いかけてくる。


「・・・いや、実は俺、この世界に来たのが今日で、町の名前がわからなくて・・・一応知り合いがいるんだけど連絡の手段もなくてどうしようもないんだ。」


いい口実が思い浮かばなかったので、正直に話しておくことにする。中級者層にまで来て町の名前も知らない、などというのは恥ずかしかったが、しかし自分が【浮浪者】である事をさらけ出すよりはマシだろう。

なにせここでは【浮浪者】の存在は偽りだと、目立ちたがり屋がふざけているだけだと思われているのだから。


「そうなんですか・・・。じゃあ、とりあえずここから一番近い街に行きましょうか。それなりに整備された街ですし、いくらか安い宿もあります。装備品も買わないと──というか、まさかその片手剣だけでここに来たんですか!?」


一瞬、少女の目に疑惑の日が灯る。

その冷たさに驚き、しかし瞬きをした後には、彼女の目からその光は消えていた。

気のせいだったかな、と思いつつ言い訳を探す。


「えぇとね・・・知り合いが途中までいたんだけど、それから俺を置いてどっかへ行っちゃってね。」


一応嘘はついていない。なにせ置き去りにされたのだから。

しかしながらこれは苦しい嘘だ。ここまで純粋な彼女に嘘をつくことも心苦しいが、内容まで苦しい。

第一に、知り合いが始めたばかりのド素人を中級者層に連れてくるだろうか。

第二に、そしてそのまま去っていくことがあるだろうか。

『知り合い』が犬猿の仲の人物であるならその話は問題はわからんでもないが、しかしここはゲームの世界。そんな場所にまで私怨を持ち込むような『知り合い』とは、普通一緒に遊びたいとは考え難いだろう。

よって、矛盾だらけのクソな説明になってしまったわけだが。

しかし彼女は俺の言葉を信じてくれた(ように見えた)。


「そうなんですか・・・色々あったんですね。」


心の底からの言葉にチクリと胸が痛む。

それでも相手に悟られないために俺はなんとか無表情を保ち続けた。


「あ・・・そういえば私の名前、マナって言います。自己紹介が遅れました。」

「ああ・・・俺はカイト。呼び方は適当でいいよ。どうせ大した名前じゃないんだし。」


本当に大した名前じゃないな、と苦笑しながらも、俺は少しの安堵感を覚えていた。

が、しかし、その安堵感こそ俺に真実を気づかせる引き金となったのだ。


「・・・ん? ちょっと待てよ?」

「? どうかしましたか?」


おかしい。何かがおかしい。

先程の戦闘において、その少女が人一倍怯えていたこと。

クリティカルとは言え、7割あったローズウルフの体力を全損させたこと。

純粋な彼女のものとは思えない、絶対的冷たさを持った瞳の光。

そして──『生活に関わることですし』という過剰とも言える表現。

頭の中でそれらが少しずつ結ばれ始めて──やがて、一つの仮説へと姿を変える。

まさか、まさか──


「・・・マナ。まさか君は──」

「なんですか? あ、一応これでもレベルはそこそこあるんですよ? さっきはちょっと油断しちゃっただけで、」

「まさか、【浮浪者】・・・だったのか・・・?」


俺の一言が発せられた瞬間の大きな肩の揺れと、その目に宿る動揺の色を、俺は見逃さなかった。

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