五節
鈴音の過去は壮絶なものだ、今の彼女からは微塵たりとも想像できないだろう。
話を聴き始めてから二時間近く経過していた。
ティーカップの中身も空っぽになっている。
「ごめんね、鈴音ちゃん……」
俺には結衣が話を聞いた事を後悔してる様に見えた。
「いいんです、もう過ぎた事ですから」
部屋の灯りが小さく揺れる。
俺は何も話す事ができず、しばらく沈黙が続いた。
最初に口を開いたのは鈴音である。
「ところで、私は今一人で行動しているのですけど、これからは蓮さん達とご一緒してもよろしいですか?」
今度はワクワクしたような眼差しで俺を見てくる。
「お、俺はいいが結衣はどうだ?」
いきなり言われたので少し動揺してしまった。
「私もいいわよ。鈴音ちゃんみたいに強い人が入ってくれたら安心だしね」
結衣は他人には優しいんだが、俺には厳しいんだよなぁ……
小声で言ったつもりだったが
「ん?蓮、何か言った?」
悪魔のような笑みを浮かべながらこっちを見る。
「い、いいえ何でもありません!!」
鈴音がはてという顔をしている。
「ま、まあとにかくだ、これからよろしくな」
話を逸らしてなんとか危険を回避した。
「はい、よろしくお願いします」
鈴音はペコリと頭を下げる。
「よろしく鈴音ちゃん」
結衣はニコリと笑う。
「ああ後、そろそろここに備蓄してある食料も尽きそうなので、街に買い出しに行こうと思うんです。私としてはお二人についてきて頂けると心細くなくて良いのですが……どうです?」
食料の話をされた途端に俺の腹の虫が唸り声を上げ始めた。
そういえば俺は昨日からまともな食事をとっていなかった。
「そうだな、俺は良いぞ。しばらくここを拠点にすることになりそうだし、何より食い物が無いと勝てる戦いにも勝てなくなっちまうしな」
これには結衣も同意し、三人で街まで歩くこととなった。この隠れ家から街までは少々距離があるので、俺は出来れば交通機関を使いたい所だったが、それらが完全にダウンしている現状、歩く他に道は無かったから仕方ない。
「あそこからとなるとやっぱり一番近くの街でも結構距離あるわね」
結衣がこう呟く今までに、俺達はもう結構な距離を歩いていた。
普段の結衣ならばこんな事は言わない。俺と違って彼女は弱音は吐かない人間だ。そんな彼女が遠回しに疲れたと言っているのは、やはり機獣との戦いでの疲労が蓄積しているからだろう。
それは俺とて例外ではない。
昨日の機獣との戦いでの疲れが溜まっているのに加え、何やら細々と機獣についての話もされ、有難いが、身体も頭も目一杯であった。
「すみません、あまり目立つ場所だと隠れ家の意味がなくなるので……」
鈴音はいつでも丁寧で優しい子だ。
「いや、別に鈴音ちゃんを責めてる訳じゃないよ」
それを受けて自分が言っていることに含まれる意を介したのか、結衣が両手を振って全否定する。
と、まあこんなやり取りをしている間に街は見えて来た。
「お、街が見えてきたぞ」
この人気の少ない世界でも、さすがは街だけはある。
賑わってるとまではいかないが、少なくとも数十人の人は居るだろう。
「さてと、さっさと買い物を済ませちゃいましょ」
結衣が張り切った様子で言う。
買い出しと言っても8割程は保存食などの乾パンだ。
一ヶ月分の食料を調達した辺りで異変が起きた。
「ん? 空の雲行きが怪しい……いや一部だけだ!?」
「蓮さん……なんだが嫌な感じがします」
それは皆同じだった。
だんだん空が黒くなり、雷が走る。
その刹那――
頭上に小さな亀裂……!!
「なんだ!?あれはなんなんだ?」
街中の人々が一斉に上空を見あげる。
上空が割れ、しばし沈黙が走る……。
「ねぇ、何があったの?」
結衣が不安げに問う。
街の人々がざわめく中、鈴音だけは冷静に上空を睨んでいた。
「おい、鈴……」
俺が鈴音を呼ぼうとしたその時っ!!
「みなさん!伏せてください!!」
鈴音の叫びが聞こえ終わる前に上空の裂け目から銃弾の嵐が吹き荒れた。
ぐわあああああああああああああああ
街からたくさんの悲鳴が上がる。
一瞬のうちに辺りは血の海と成り果てた。