十六節
「お前はッ!?」
クロウリーの素顔を見、俺は愕然とした。それはもう心臓が停止するのではないかと思われる程のショックである。今俺と同じ位置に立って精神の均衡を保てる者などいないだろう。
見覚えのある、いや、忘れようのない顔……。
「拓哉ッ……」
「ようやく思い出したみたいだな」
様々な感情が爆発的に込み上げるが、恐らく一々それを悠長に声に出している暇はない。俺はその想いをただ一つの質問に全て込め、発した。
「なぜだッ!? なんで……なんでだよ拓哉ァ!!」
漠然とした、しかしこいつの核心にふれるであろう問い。その投げ掛けを受けても尚、平然と笑みを浮かべるクロウリー……否、拓哉。
「お前言ったじゃねえかッ! 強くなるって!! 強くなって機獣を倒すって!!」
短い言葉を口にしながらも、いつしか俺の瞳からは一粒の雫がこぼれ落ちていた。
「蓮……お前も見ただろう、あの氷河期を……。このままいけばどうなるかも……」
対し、あくまで冷静に答える拓哉。
「他にも方法はあるはずだろッ!? 何もこんな卑劣なやり方をしなくてもッ……」
「それは綺麗事だ」
ぞっと背筋が凍てつくような視線。恐怖なんて言葉じゃその程度は表しきれないしそもそも生じる感情はそれだけじゃない。
拓哉に睨まれた俺は、鋭利な刃を首筋にあてがわれた様な錯覚に陥り、身動き一つとる事が出来なかった。
「そんな綺麗事で、そんな温い選択で、事が済むなどありえない。人間なんてのは所詮"欲"に勝てない生き物だ。例えば飢饉が起きると食料を巡る殺し合いが始まるだろう?
つまりそう言う事だ。実際は利己的で下劣な生き物を、絵空事を信じて救えとお前は言っているんだ。……笑わせる」
刹那、俺は絶句した。人とはここまでに残酷で冷徹な考えができるのか、と。
「だから俺は機獣を利用することにした。利用すると言っても最初から数が居た訳じゃない」
確かに初めて見た時はここまで頻繁に居なかった、それなのにどうやって……?
「そこで俺は機獣の量産を考えた。機獣を増やす上で最も効率的な方法はなんだと思う?」
拓哉は片眉を上げながら俺に問う。
「ウイルス……」
「ご名答。俺は目的の為にとあるウイルスを造りだした。さすがにあのデカブツとまではいかなかったがそれでも十分だったさ。
そもそもお前らが言うステージⅤは本来、未来にしか存在しない。
そいつらを呼び寄せるために創りだしたのが機獣。
「…………」
一般人の抵抗力なんてたかが知れてる。
そこで動物を対象にウイルスを寄生させ、機獣化に成功。そいつらを使って、しらみつぶしにいくつもの街を破壊して俺はふと思ったんだよ」
俺の発言をよしとせんばかりに全くの間をつくらず奴は話を続ける。
「人、に、こ、い、つ、を、試、す、と、ど、う、な、る、の、か、とな」
口端を吊り上げ、ニヤリとこちらを見る。
拓哉…………。
「見事機獣化出来たよ。しかもそこらの野生動物なんかよりずっと強力機獣になって、破壊力も申し分ない」
ああ、悪魔の様な笑みを浮かべる拓哉にもう言葉は届かないだろう……。俺は悟る、もう以前の拓哉ではなくなってしまったのだと。
いや、もしかしたらあの時から、俺の知る拓哉は消え去ってしまったのかもしれない。
「そして俺は"人類機獣化計画"を企て、実行に移した」
「人類機獣化計画……だと?」
「その名の通りさ。人間を機獣化させ、俺の指揮下の置くという単純な計画。人口激減に加えて俺の手駒も増える……一石二鳥だろ?」
「お前……」
もはや人間ですらない。何が拓哉をそこまで狂わせたのだろうか……。
「ここまで来たら何も迷う事なんて無い。俺は次に広範囲における破壊を行った。すると面白いことに世界に異変が起きた」
そんなに大規模で大それた実験をしていたのか……。もうただひたすらに話を聞くことができない。いっそ耳を塞いでしまいたい。そうすればこの一時だけは救われるだろう。だが、それではきっと後悔する。
「お前は知らないかも知れないが、機獣の動力はアグリゲーター、即ち次元エネルギーだ。そのアグリゲーターの使用率が激増した結果、どういうことか一部の人間の記憶が欠落した」
──!?
「じゃあ……俺は……」
「あぁ、俺が蓮の記憶を奪ったと言っても過言じゃない」
これまでの事実を聞いての影響か、さほど驚愕はしなかった。
「さらに氷河期も進み、年中雪が降るようになった。もうすぐだ……もうすぐで俺の計画が成し遂げられる」
「させるかッ!そんな馬鹿げた計画なんかさせねぇ!!」
「やはりか……やはり俺とお前は昔から相入れぬ存在だったようだな」
拓哉は指でパチンと音を立てる。
それを合図に上空やら地中やらから機獣が出現する。
狼の形容をした機獣が目の前に四匹、鷹の形容をした機獣が上空に三匹、俺の背後に人型の機獣が二体。
恐らくは俺の背後の奴が機獣化した人間なのだろう。
「くッ……」
いくらなんでもこんな量を一人で相手するのは容易ではない。銃弾も残り数発程度……装填する暇はなさそうだ。
逃走を考えるも囲まれていては逃げられるわけがない。
緊迫の中、拓哉が口を開いた。
「殺れ」
目の前の狼の機獣が雪面を蹴り、こちらに突撃してくる。
俺は真ん中の狼を目掛けて発泡。敵も搭載されている銃弾を射出し、ハルファスの放った銃弾全てを撃ち落とされる。
その隙に後方の人型の足を払う。一体は地面に機体を打ち付けるが、もう一体はジャンプで躱す。
こちらに飛んできた狼をしゃがんで躱し、腹部を二体まとめて蹴り上げ、上方からくる鷹にぶつける。
残り一匹の狼がその牙をむき出しにし、俺の右足に牙をたてる。
「グッ」
歯を食いしばり、痛みを堪えそのまま回し蹴りでもう一体の人型にぶつける。
機獣の装甲もなかなか頑丈らしく、互いが衝突してもネジ一本すら飛ばない。
噛まれた足が痛み、片膝を地面につく。
「いいざまだな蓮」
こちらを見学している拓哉がニヤリと笑みを浮かべながら言う。
飛ばされた各々の機獣が体制を立て直し、こちらに銃口を向ける。
体術じゃ効率が悪いと踏んだか……。
「なかなか頭のキレる奴らだな」
「ふっ、機械と一緒にするな」
余裕を装っているが次手が考え付かない。
どうする……。
機獣の銃口が俺の頭部に照準される。
「さよならだ……蓮」
──パァン!!