十四節
こんなに目覚めの悪い朝はいつぶりだろうか。
黒煙の独特な臭いが鼻孔を突く。昨夜は機獣のこともあり、そうやすやすとは眠れなかった。
案の定、拓哉は口を大きく開いてグースカ寝息を立てている。
火の粉は落ち着いたが、未だ煙は立ち込める。
口の中が乾ききっている思えば昨日の一件から水分を一ミリ足りともとっていない。
水を飲みたいという衝動に駆られるが、拓哉が寝ている間に機獣と遭遇した場所をもう少し確認しておきたかった。
何か手がかりがある事を切に願いつつ、その場へ向かう。
雲行きが怪しくなってきた。雲と黒煙が共鳴してるかの如く空が染まっていく。
多少歩調を早め例の場所へ向かった。
数分歩き、辿り着いたその場所は先刻と変わらぬ光景を保っていた。
機獣が爆ぜた辺りを注意深く捜索する。決定的な証拠は見つからなくとも僅かな手がかりくらいは……と思っていたものの、どれだけ注意深く探してもネジの一本すら見つからない。
これで希望の光は閉ざされた。唯一の頼みの綱であった場所には何一つ残っていなかったのだ。
落胆しつつも、とりあえずは今成すべきことを成そうと思い、水を探すことにした。
不幸中の幸いというべきか数分歩いた所に破裂した水道管を見つけ運良く水分の確保ができた。
焼けきった灰の中からかろうじて使えそうな鍋を見つけ出し、そこに水を汲んで拓哉の元に戻ることにした。
来た場所を戻っていると雨がポツポツ降り始めてきた。それも雨粒は漆黒に染まっていてまるで墨が空から降ってきているようだ。
俺は鍋の水を庇いつつ足早に戻ろうとしたその時、空、が、割、れ、た。
文字通り、空に亀裂が入り、割れたのだ。俺は口をポカンと開いた状態で硬直する。
空間の歪みを凝視すると"何か"が見える。ダークグレーの空に漆黒の闇。
その先には見るだけでもわかるほどな、異様な雰囲気が漂っている。
ここで拓哉を呼びに行こうか悩むが、すぐにその思考が途切れる。
漆黒の闇から"何か"が姿を表した。幾つもの紅点が煌めいているのが見える。
その容姿を一言で言うならば"長方形"という表現がふさわしいだろう。
信じがたいが何かの一部なのだろう。あまりにも大きすぎるのだ。
「そんな……」
その先に言葉が続かない。空間の歪みと長方形の隙間からギロリと俺を睨む気配を感じた。
背筋に悪寒が走る。
何かくるッ!本能で身の危険を感じた俺は即座に後方に飛び退いた。
俺の足が地面から離れた刹那、そこを鉄の塊がが貫いた。
カンマ一秒ですら遅れていたら俺の右足には風穴が空いていただろう……。
「……ッ……」
言葉が詰まる。かといってこの場に留まっていても奴の標的にされるだけだ。
本能が俺を動かす。ただ今は走るしかない。
あの巨大という概念を狂わす程の巨大な装甲から射出される鉄の塊、奴の目は見えねども確実に俺を射殺すかの如き威圧感。
とにかく走った。
後方で地面が抉れる音が幾度と無く鳴り響いたが、そんなものは気にもとめなかった。いや、気にしていられる状態ではなかったのだ。
細かい道をひたすら駆け抜けるも障害物を意図も簡単に吹き飛ばしていく鉄の塊。
粉砕された木々が俺を掠るが、それでも尚走り続ける。
とにかく拓哉と合流しなければという一心が俺を動かした。
嵐の如く降り注ぐ鉄の塊に未だ当たってないのは奇跡だろう。
入り組んだ道を走り抜け、ようやく拓哉の元に辿り着いた。だがしかし、そこに拓哉は居なかった。
「ハァ……ハァ……」
辺りを見回すもやはり拓哉の姿はない。するとまたしても鉄塊の雨が降り注ぐ。
姿を隠しても見つかるということは熱センサーでもあるのだろう。
「くそっ」
またしても走る。熱センサーということは体温を誤魔化す何かがあれば……。
──見つけたっ!!
ここから五十メートル弱のところに川がある。
あそこしかない!そう直感した俺は残る力すべてを要して川めがけて駆け抜けた。
数弾俺をかすったがそんなものは覚えていない。
目の前の命綱を取ることに必死でその他の感覚は全て途切れていた。
二十メートル……小石に躓きそうになるも立て直す。
十メートル……弾丸が地面を抉る。
五メートル……あと少し!
その時、後方が爆ぜた。鉄塊だけでなく火薬も含んでいたらしい。
だが俺はその爆風を利用して川へ飛んだ。
飛び込んでも尚銃弾が飛んできてはいたが、熱探知の弱点を付いた俺に標準を合わせることができなかったのだろう。
めちゃくちゃな鉄の雨が止んだ。
安堵と共に俺の意識はそこで途切れた。