十三節
凍えるような寒さの真冬、辺りはすっかり雪化粧している中、寒さをも吹き飛ばすような威勢の良い声がとある道場から聞こえてきた。
その道場は護身術に重きを置く道場だが、その流派に名前は無い。特徴は利き手に関わらず左右どちらでも構えることができるいわば二刀流。
田舎ということもあり、門弟は指で数えられる程度しか居ない寂しい道場である。
その中に二人、群を抜いて優秀な門下生がいた。
「ハァッ!!」
正拳突きで勝敗が決まった。
「くそ~やっぱ蓮は強いな」
赤髪の少年は言う。
「これで57勝56敗だ」
などと話しながら片付けを開始する。
互いに16歳の学生で、今は冬休みの真っ最中。
身支度を終え、二人は外に出る。
「うっわ、寒いな」
外気温は2℃、拭き取りきれなかった汗も冷え始めているのでいっそう寒く感じるのだろう。
「ちょい温かい飲み物でも買って帰ろーぜ」
「おう」
この判断が俺たちを地獄へと誘う事になるとは知るよしもなかった──
帰り道の途中にある売店でホットココアを買い、ベンチに座ってちびちび飲んでいた最中、遠方で何かが爆ぜる。
無論俺たちは顔を見合わせる。あの時はまさに背筋が凍て付くかの様に感じられた。
――そう、何故ならそれは俺たちの家の方向から聞こえて来たから。
俺たちは言葉を発するより先に走り出した。
嫌な予感がする、今すぐにでも戻らなければならない、そんな気がしたのだ。
例え息が切れても足を止めることはしない。俺のすぐ後ろを走る拓哉も同じ心境らしく、ただただひたすらに走り続ける。
そうして十五分程走り続け、家の近くまで来た辺りで俺たちは立ち尽くした。
「なんだ……これは……?」
辺りには黒炎が立ちこめ、今の状態からは元の形を想像することは叶うまい。
"訳がわからない"というたった一言が頭を埋め尽くす。
パチパチと火の粉が散る様子を目の前に、ただ棒立ちになっている状態が数十分そこら続いた。
少し落ち着き、俺は拓哉と別行動。ここら一辺を捜索し、三十分後にここで落ち合うことにする。
焼け跡を見ていると明らかに天災ではなかった。それはまさしく"破壊"そのものだ。
地面は抉れ、建物は崩壊、空は黒色の火炎に染まりきっている。
「な……」
言葉が出ない。漏れるのは驚嘆を表す声だけ。
これは先も言ったが天の仕業でなければ人間の行いでもない……。人ではない"何か"の所業だ。
だが、その"何か"という存在がわからない。
そう考えていると、崩壊した建物の近くで動く影が見えた。
木材の下敷きになっているらしい。
「生きてる、のか?」
俺は影の方へ向かい、助けようとする。
だが、下敷きになっている正体を見て愕然とした。
それは人間ではなく、機械だったのだ。その容姿は子犬に近い。
機械でありながら獣の形状をしている者、"機獣"とでも呼ぶべきか……。
「なんなんだこれは……」
なにやら目が赤く点滅し始めた。嫌な予感がした。
すると、突然機獣の体が発光し始めた。
「なっ!?」
俺は即座に後方へ飛び、防御の体勢に入るとほぼ同時に機獣が爆発。
爆風で吹き飛ばされるが、元が小さかったためさほどの傷にはならずに済んだ。
どうやら爆発は殺傷目的ではなく、自らの存在を消すつもりだったらしい。
「どうしたッ!?」
拓哉が駆けつけてくる。先の爆発で機獣の存在は消滅したので説明のしようがない。
「いや……なんでもない」
実物が無い限り、信じられるわけがない。現に実物を見た俺でさえにわかには信じられない。
「しかしひどいもんだなぁ……ここら一帯焼け野原さ」
「そうか……」
あの小さな機獣がここまで出来るとはとても思えない。恐らくあれは随分小型なものでもっと大きいサイズの機獣が居るはずだ。
「これからどうする?」
拓哉が問う。無論、俺たちの家は灼熱の炎に焼き尽くされていたので帰る場所がない。
かと言ってここらは田舎なので今からここを離れても夜が明けてしまうだろう。
「とりあえず、ここら辺で安全な場所を探すか」
拓哉もそれに同意し、完全に焼けきって炭になっている木々に身を潜めるようにして一夜を過ごすことにした。
風の音すら聞こえない静かな夜に、ただ火の粉がはじける音だけが鳴り響いていた。