一節
何事だろうか、外が騒がしい。何かが弾けるような音や、木が軋むような音、さては子供が悪戯でもやっているのだろうか……。
そんな時。
――パンッ
「銃声!?」
その音を耳にした俺は、右手に持っていたマグカップを机に置きながら立ち上がる。その際、間抜けなことにカップをひっくり返してしまったけれどそんなこと今はどうでもいい。兎にも角にも俺は一目散に、部屋の端にある小窓の前まで駆け寄り覗いた。
「……なんなんだあれは」
思わず俺は呟いた。薄汚れた小窓の外に見えたのは防寒着を着込んだ数名の人間、そして……醜悪な形をした生き物の様な物達。見るだけで虫唾が走るその化け物は、"生き物の様な物"としか言いようがなかった。半分生き物で、半分機械。それが一番わかり易い比喩だろう。
その化け物の一体は、目の様な物をこちらに向ける。
――バンッ
再び銃声は轟く。異形の生物の、その鉄のような光沢を持った腕から、同じく鉄のような何かが飛び出して宙を駆ける。それは小屋の脆い壁を破って、丁度俺の頬に擦れそうな弾道を描いて飛来した。
「くそ、なんなんだよここは!」
幸い弾は掠めすらしなかった。飽くまで頬すれすれ、しかしその威力は十分に伝わった。弾速こそ遅いけれども、この小屋の壁を二枚破れれば人を殺すには十分だ。
故に俺は武器を執る。これは猟銃。どこか分からぬ場所の、つい最近まで誰かが住んでいたような家の備品の一つである。
「……ッ…………」
銃口を窓の外に向け、照準を合わせて引き金を絞る。そして第一射。
「良し!!」
窓は耳障りな高音と共に割れ、弾丸は化け物に命中。血しぶきの様な物があがったから間違いはない。しかし……。
「シャアアアアア」
猫のようでいて、しかし鳥肌が立つような気味の悪い鳴き声。
……化け物は死んでいない。むしろよりいっそう生き物らしくなった様にも思える。呻き声がそう思わせるのだろうか。
――バンッ
「ぬぁッ……」
恐らく化け物の弾丸が当たったのだろう、俺の握っていた猟銃はものの見事に吹き飛ばされた。
化け物の攻撃は止まない。棒立ちで、ただ弾を腕のような部位から飛ばしていただけの怪物は何を思ったかこちらの方に突っ込んで来、俺を追い詰めるかの如く壁をぶち破って中に侵入した。
「…………ッ……」
声すら出ない。間近で見るとその化け物は一層醜く、死骸に似た異臭も漂よわせていた。
――そう、死の臭いだ。死という一文字が脳裏にこびり付き、思考はままならず、ただただその恐怖が精神を圧倒する。恐ろしい、怖い、開放されたい。そんな本能のままの願望が、心中で渦巻く。俺はここで終わるのか……?
「あんたこんな所で何してるの!! 死にたいのか!?」
鼓膜が弾けるのでは無いかと思う程の爆発音を響かせ、負けじとばかりの大声で少女は言う。
それに対し俺は。
「……な、何なんだよここは!? 何だこいつらッ!?」
強烈な一撃を浴びて肉塊、いや鉄屑だろうか、とにかくそんな物に成り果てた醜き物を凝視しながら口走っていた。
「一片落ち着いて。あんたもしかしてここの人じゃないの?」
少女はライトピンクのツインテールを揺らしながら聞いた。
「あ、ああ……悪い。その質問については……答えられない」
《俺には答えれない》そう言ったけれども、別に秘匿したいわけではなかった。
――ただ単純に、《分からない》
「そうかい。とりあえず自己紹介ね、私は中村結衣。結衣って呼んで」
「僕は佐藤蓮だ。よろしく」
何もかも覚えていないがたった一つ、名前だけは覚えていた。だから名乗ることだけはしておく。
「で、質問の答えだけど、ここはあたしらの村の近く。んで、あれは体内に銃器やら何やら金属類を取り込んだ化け物。あしたらは機獣って呼んでる」
「機獣?」
「そうそう、まあでもこれ以上の質問はまた後ね。ほら、蓮くんもこれ持って」
言って少女は、俺に一つの拳銃を投げ渡す。
「……ありがとう。助かった」
「お礼も後よ」
僕は彼女から貰ったこの拳銃『ハルファス』が相棒になるとは微塵たりとも想像していなかった。