第9話 「ありがとう」の重さ
殿下に手紙を送ったのは翌朝で、面会が実現したのはその日の夕方だった。
急いで来てくれたんだな、と思った。
庭園の東屋。前回と同じ場所。今日は花が少し散っていた。
「王妃様のことで、お話があります」
開口一番そう言ったら、殿下の顔が変わった。
「……どこで」
「調べました。怒らないでください、悪意はありません」
殿下が黙った。険しい顔だったけど、私は続けた。
父のこと、マーレン薬師のこと、薬の調達ルートのこと。全部話した。
話し終えるまで、殿下は一言も言わなかった。
しばらくの沈黙。
「……エルフォード侯爵が」
「はい」
「二年間、俺たちも知らないところで」
「はい」
殿下が顔を伏せた。
私は何も言わなかった。言葉が必要な沈黙じゃなかった。
しばらくしてから、殿下が顔を上げた。目が少し赤くなっていた。
「……ありがとう、リア」
「私は話を伝えただけです。動いたのは父です」
「それでも。教えてくれて、ありがとう」
私は目をそらした。
なんか、直視できない顔だった。
『リア、顔が赤いですよ』
「うるさい」
「え?」
「独り言です」
殿下が小さく笑った。
「独り言、いつも誰かに話しかけてるみたいだけど——スキルの声、聞こえてるの?」
「はい。常に」
「うるさくない?」
私はアイのことを考えた。うるさいと思ったことは確かにある。でも。
「うるさいけど、いないと困ります」
『それ褒めてますか?』
「褒めてる」
「リア、自分に話しかけてる?」
「そんな感じです」
殿下がまた笑った。声に出して笑うのを、初めて聞いた気がした。
「面白いな、リアは」
「面白くはないです」
「俺が面白いと思ったら面白いんだよ」
「……強引ですね」
「王太子だから」
「それは関係ないのでは」
殿下がまた笑った。今日は笑う回数が多い。
帰り際、東屋を出たところで殿下が言った。
「リア」
「はい」
「父上に、エルフォード侯爵のことを話していいか。正式に感謝を伝えたい」
私は少し考えた。
「父に確認します。多分、喜ぶと思います」
「うん。それと——」
殿下が少し間を置いた。
「次の面会、俺から申請してもいいか」
私は一瞬止まった。
「……はい、もちろん」
「よかった」
殿下が、また笑った。
馬車に乗り込んでから、アイが言った。
『リア』
「なに」
『殿下から面会を申請してきました。最初はリアから申請してたのに』
「知ってる」
『どう思いますか』
「……分析しないで」
『してないです。リアの気持ちを聞いてます』
私は窓の外を見た。夕暮れの空に、星が一つ出始めていた。
「嬉しいと思う」
『そうですか』
「うん」
『よかったです』
「アイは?」
『私も嬉しいです』
「なんで」
『リアが嬉しいから』
私はそれ以上何も聞かなかった。
窓の外の星が、少しずつ増えていった。




