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第7話 魔法と、嘘と

殿下との面会は、翌々日に設定された。


今回は応接室ではなく、城の小さな庭園だった。殿下から「場所を変えたい」と返事に書いてあった。


「いい天気ですね」


「そうだね」


白い東屋の下、向かい合って座る。紅茶はなくて、代わりに庭の花が咲いていた。薄いピンクの、名前を知らない花。


「リア、前回の約束を覚えてる?」


「魔法の文献の件ですか」


「うん」


私は鞄から一冊の本を取り出した。父の書庫から無断で借りてきた。


「魔法適性が低い術者が補助魔法を用いて戦闘力を底上げした事例が載っています。直接的な強化じゃなくて、環境への干渉で結果を変える方法です」


殿下が本を受け取って、ぱらぱらとめくった。


「……これ、どこで?」


「父の書庫です。お返しは不要です、どうぞ」


殿下がまた静止した。このひと、よく静止する。


「なんで、こんなに」


「こんなに?」


「俺のために動いてくれるの」


私は少し考えた。正直に言うべきか、当たり障りなく言うべきか。


前世では後者を選び続けて、過労死した。


「正直に言っていいですか」


「どうぞ」


「最初は断罪を回避したかったからです」


殿下が目を丸くした。


「断罪?」


「私が修道院送りになる未来を、避けたかった。そのために殿下のことを知ろうとしていました。最初は」


「……最初は、ということは」


「今は、少し違います」


殿下がじっと私を見た。


「どう違うの」


「殿下が思っていたより複雑な人だったので、純粋に気になっています」


また静止。


今日何回目だろう。


『リア、殿下の心拍数が上がってます』


「測れるの?」


『首元の血管の動きから推定できます』


「それはちょっとプライバシーの侵害では」


「リア?」


「すみません独り言です」


殿下が少し笑った。


「独り言、本当に多いね」


「癖なんです」


「誰かと話してるみたいに見える」


「……そんな感じのものが、頭の中にいるので」


言ってから、しまったと思った。言いすぎた。


でも殿下は特に驚かなかった。


「スキル?」


「……まあ、そんな感じです」


「どんなスキル」


「情報処理、みたいな」


殿下がまた本を見た。それからゆっくり言った。


「俺も、誰にも言えないことがある」


「魔法適性以外にも?」


「うん」


私は黙って待った。


「……母上が、病気だ」


風が吹いた。花が揺れた。


「王妃様が」


「公表されていない。王宮の中でも知っている人間は限られてる。俺と、父上と、侍医だけ」


「それで眠れなかったんですか」


「……うん」


私はしばらく何も言わなかった。


何を言えばいいかわからなかったわけじゃない。ただ、今は言葉よりも沈黙の方がいい気がした。


殿下が静かに続けた。


「リアに話すつもりはなかった。でも——なんか、話せた」


「私は口が固いので」


「それだけじゃないと思う」


「じゃあ何ですか」


殿下が私を見た。真剣な目だった。


「リアが、怖くないから」


「怖くない?」


「俺の立場を利用しようとしていない。そういう人間が、宮廷には少ない」


私は内心で思った。最初は利用しようとしてたんだけど、とは言えなかった。


「……私も、最初から全部正直だったわけじゃないです」


「知ってる」


「え?」


「最初の面会の時、リアは何かを測るような目をしてた。でも今は違う」


私は少し黙った。


この人、思ったより人を見ている。


「すみません」


「謝らなくていい。俺だって最初は、リアのことを測ってた」


「お互い様ですね」


「そうだね」


殿下が笑った。今日一番自然な笑顔だった。


帰りの馬車の中で、アイが静かに言った。


『リア』


「なに」


『王妃様の病気のこと、調べますか』


「……お願いしていい?」


『もちろん。それと』


「それと?」


『今日の殿下、よかったね』


「……何が」


『素直な顔、してた』


私は答えなかった。


窓の外に夕暮れが広がっていた。



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