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第3話 ヒロインが来た、それで私は

ソフィア・マーレンが学園に編入してきたのは、春の終わりのことだった。

ゲームのヒロイン。茶色の髪に大きな緑色の目。

実物を見た瞬間の正直な感想は、「あっ、かわいい」だった。


『魔法適性S評価、特待生、平民出身、父は薬師。現時点での学園内の評判は非常に高いです』

「ゲーム通りだね」

『どう接しますか?』

「敵意は持たない。それだけ」


私はゲームのリアじゃない。

ヒロインを虐める動機が一切ない。

むしろ面倒ごとを引き寄せるリスクの方が高い。


入学二週間後、廊下でソフィアとばったり出くわした。

ゲームのイベントで言えば「悪役令嬢が最初の嫌がらせをするシーン」だ。

ソフィアが体を強張らせた。構えている。悪いことを言われる覚悟をしている顔だ。

私は「ごきげんよう」と言って、そのまま通り過ぎた。

背後でソフィアが小さく息を吐くのが聞こえた。

『イベントを無視しましたね』

「絡む理由がない」

『シナリオが変わるかもしれません』

「歓迎だよ。元のシナリオのどこに私の生存エンドがあるの」

『……おっしゃる通りです』

ただ、問題はその三日後だった。

中庭のベンチに、ルシアン殿下とソフィアが並んで座っていた。

二人は向かい合って、何かを話していた。殿下が笑っていた。

私が一度も見たことのない、自然な笑顔で。

「……アイ」

『見えています』

「殿下、笑ってる」

『はい』

「私に向けたことない顔だ」

アイが何か言いかけて、止まった。

珍しい。いつもは即レスなのに。

『リア、今どんな気持ち?』

「……わからない」

正直に言った。

「嫉妬なのか、焦りなのか、それとも別の何かなのか。

自分でもよくわからない。前世では感情を分析する暇もなかったから」

『そっか』

「そっか、って」

『うん。私が分析できないやつだから、ちゃんとリアに聞いた』

私は少し黙った。

「……翌日、殿下に手紙を送る。「少し話したいことがある」って」

『いいと思う』

「どう思う、じゃなくて、いいと思う、なんだ」

『だってリアが「知りたい」と思ってるから。エンドを回避するためだけじゃないでしょ、それ』

返す言葉がなかった。

翌朝、殿下に手紙を送った。生まれて初めてのことだった。

返事は二時間で来た。

「明日、いつでも」

『リア、ちょっとした情報なんですけど』

「なに」

『殿下、最初は「もちろん」って書いたそうです。それを書き直して「明日、いつでも」にした』

「……なんで書き直したの」

『わかりません』

「わかんないのに教えてくれたの?」

『気になると思ったので』

私は手紙を折りたたんで、引き出しにしまった。

窓の外、夜空に星が出ていた。

前世では見る暇もなかった星が、この世界ではやけに大きく見える。

「アイ」

『なに』

「一緒に調べよう。断罪エンドを回避するためだけじゃなくて」

『うん。喜んで』

「……お前って本当に、絶妙なタイミングで「喜んで」って言うよね」

『リアに頼まれたら嬉しいので』

「素直すぎる」


『それが私です』


明日、ルシアン殿下に会う。

何を聞くかはまだ決まっていない。

でもアイがいれば、きっと本当のことが見えてくる。


それで十分だ。

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