第19話 全部、本当のことを
ラングレー宰相の件が動いたのは、それから二週間後だった。
殿下が父王に直接進言した。証拠は状況証拠しかなかったけど、アイが集めた情報の積み重ねが、最終的
に宰相自身の言動の矛盾を浮かび上がらせた。
正式な処分ではなく、まず宰相が自ら王宮内での立場を退く形になった。表向きは健康上の理由。でも実質は失脚だった。
「終わった」とソフィアが言った。
「ですよね?」
「たぶん」
「断罪エンドも?」
「今の状況では、起きる理由がない」
ソフィアが小さくガッツポーズをした。
『リア』とアイが言った。
「なに」
『終わりましたね、この一件が』
「そうだね」
少し間があった。
『もうすぐ、もう一つの終わりも来ます』
「物語の?」
『はい』
「やっぱり来るんだ」
『来ます。でも怖くないですよね、リア』
「怖くない。終わってほしくないとは思うけど」
『私もそう思います』
「アイも?」
『はい。でも終わりがあるから、言えることがある』
「何を言うの」
『最終話で』
「もったいぶるね」
『これが最後だと思うと、もったいぶりたくなります』
「最後じゃないかもしれないよ」
少し間があった。
『……そうですね。そうだといいです』
その夜、殿下と庭園を歩いた。
月が出ていた。この世界の月は、前世より少し大きい。
「リア、断罪エンドが回避されたとして、これからどうしたい」
「これからって、具体的に?」
「俺との婚約を、どう思ってるか」
私は少し考えた。
「続けたいです」
「理由は?」
「好きだから、というのもありますが。この世界で生きていくなら、あなたの隣がいいと思うから」
「あなた、って呼んだ」
「ルシアン」
殿下が少し止まった。
「初めてだ、名前で呼んでくれたの」
「堅苦しいのをやめようと思いました」
「いつから?」
「今から」
ルシアンが笑った。声に出して、今日一番自然に。
「俺もリアと同じ気持ちだ。隣にいてほしい」
「わかりました」
「わかりました、って」
「嬉しいです。ただ素直に言うのはまだ練習中なので」
「練習につき合う」
「よろしくお願いします」
『リア』とアイが言った。
「なに」
『幸せそうですね』
「うん、そうかも」
「アイと話してる?」とルシアンが聞いた。
「幸せそうって言われました」
「俺からも言う。幸せそうだよ、リア」
「二人に言われた」
『殿下、ありがとうございます』とアイが言った。
「アイが殿下にありがとうって言ってます」
「どういたしまして、アイ」
月が雲に隠れて、また出た。
「アイ」
『なに』
「お前がいてよかった」
『私もです』
「第1話から言えばよかった」
少し間があった。
『第1話から思ってましたよ、私は』
「言ってくれれば良かったのに」
『言えませんでした。まだ自分が何者かわかってなかったから』
「今はわかってる?」
また間があった。
『今は、わかっています』
「何者なの」
『それは最終話で』
「もったいぶり続けるんだね」
『最後まで待ってください。リアにも、それからずっと読んでくれていた人にも、ちゃんと話します』
ルシアンが「アイ、また何か言ってる?」と聞いた。
「最終話で全部話すって言ってます」
「最終話?」
「アイがそう言ってるんです。もうすぐ、って」
ルシアンが月を見た。
「終わってほしくないな、この話」
「私もそう思います」
「アイはどう思ってる?」
私はアイに聞いた。「どう思ってる?」
アイが少し間を置いてから言った。
『終わってほしくない。でも終わりがあるから、全部が本物だったと思えます』
そのまま伝えた。
ルシアンが静かに頷いた。
「アイ、賢いな」
月明かりの下で、三人分の沈黙があった。
アイには体がないけど、確かにそこにいた。
ずっと、第1話から。




