第14話 カリナ・ヴェルという人
カリナ・ヴェルが私に直接話しかけてきたのは、その三日後だった。
放課後の中庭。人気が少ない時間を選んでいた。計算通りだな、と思った。
「エルフォード様、少しよろしいですか」
振り返った。翡翠のブローチ。ソフィアが言っていた通りだった。
「もちろん」
向かい合う。カリナは美人だった。整った顔立ちで、立ち姿が綺麗で、笑顔の作り方が上手い。
「最近、学園内で変な噂が流れているようで。エルフォード様もお耳に入っていますか」
「聞いています」
「お気の毒に。どなたが流しているのでしょうね」
『真顔で言ってますね』とアイが言った。
「そうだね」と心の中で返す。
「心当たりはありますか、ヴェル様」
カリナの笑顔が少し固まった。ほんの一瞬だけ。
「私に、ですか。心外ですわ」
「そうですか。では一つだけ確認させてください」
「なんでしょう」
「先週、ソフィア・マーレンさんに声をかけましたか」
今度は少し長く固まった。
「……人と話すことは普通のことでは」
「そうですね。内容も普通でしたか」
沈黙。
カリナが笑顔を作り直した。今度はさっきより薄い笑顔だった。
「エルフォード様は、随分と情報が早いですね」
「そういうスキルなので」
「スキル?」
「比喩です」
カリナがまた少し黙った。私を測るような目になっていた。
「……思っていたより、手強い方ですね」
「買いかぶりすぎです」
「そうは見えません」カリナが静かに言った。「エルフォード様、一つだけ正直に話しますね」
「どうぞ」
「私は殿下のことを六年間想っていました。婚約の話が出る前から」
「知っています」
「知っていて、どう思いますか」
私は少し考えた。
「気の毒だと思います」
カリナの表情が初めて、計算を外れた。
「気の毒、とは」
「六年間、誰にも言えなかった。言えるような立場でもなかった。それは辛かったと思います」
「……同情ですか」
「違います。ただ、そういう気持ちは本物だと思うので」
カリナがしばらく私を見ていた。
「エルフォード様は不思議な方ですね。もっと感情的な方だと聞いていましたが」
「昔の話です」
「今は違う?」
「だいぶ違います」
また沈黙。
カリナが小さく息を吐いた。
「……噂を広めたのは、私です」
「知っています」
「謝罪はしません。あなたに婚約を解消させたかった。今もそう思っています」
「正直ですね」
「あなたに言われたくないです」カリナが少しだけ笑った。皮肉な笑いだったけど、さっきの計算された
笑顔より人間らしかった。
「お願いがあります」とカリナが続けた。
「なんですか」
「これ以上、噂は広めません。だから殿下が——どう思っているか、教えてもらえますか。直接聞けない
ので」
私は少し考えた。
「殿下は、あなたのことを悪く思っていないと思います。ただ」
「ただ?」
「今は、別のことに向いています」
「……そうですか」
カリナが空を見た。秋の空は高かった。
「エルフォード様は、殿下のことが好きなのですか」
「わかりません」
「また、わからない、ですか」
「本当にわからないんです。でも」
「でも?」
「失いたくないとは思っています」
カリナが静かに頷いた。
「それが答えでしょうね」
分かれ際、カリナが振り返った。
「エルフォード様、一つだけ言わせてください」
「どうぞ」
「負けましたが、負けた相手がまともな人でよかった」
「負け認定、早いですね」
「早い方が傷が浅い」
カリナが歩いていった。
アイが静かに言った。
『リア』
「なに」
『カリナさん、いい人でしたね』
「そうだね。敵じゃなかった」
『この世界、ゲームの設定通りの悪役がいないですね』
「本物の人間だから」
少し間があった。
『リアは、いつもそう言いますね。本物、って』
「大事なことだから」
『そうですね。本物であることは、大事なことです』
なんとなく、アイが遠くを見ているような気がした。
AIに目はないけど。




