第11話 殿下の隣
殿下から面会の申請が来たのは、翌週の月曜日だった。
手紙の文面は短かった。「庭園で話したいことがある。都合のいい日を教えてほしい」それだけ。
『リア、また心拍数が上がってます』
「馬車じゃなくて廊下を歩いてるから」
『言い訳が進化しましたね』
「うるさい」
返事には「木曜日の午後が空いています」と書いた。書いてから、もう少し愛想のいい文章にするべきだったかと三秒考えて、やめた。今更キャラを変えても不自然だ。
木曜日。庭園の東屋。
殿下はすでにそこにいた。珍しく一人だった。侍従の姿が見えない。
「来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お時間をいただいて」
「堅い」
「……すみません」
「謝らなくていいよ、リアのそういうところが好きだから」
さらっと言われた。私は少し止まった。
『リア』
「わかってる、黙ってて」
「え?」
「独り言です」
殿下が苦笑いした。「アイに黙れって言ったの?」「そんなところです」
向かい合って座る。秋の庭園は、花が少なくなっていた。
「今日、話したかったのは、王妃様のことです」
「はい」
「先日リアが教えてくれたこと、父上に話しました」
「怒られましたか」
「逆に。父上も知らなかったから、驚いてた。エルフォード侯爵が二年間一人で動いていたことを」
「父も、誰かに言いたかったと思います」
殿下が静かに頷いた。
「侯爵に、正式に感謝を伝えたいと父上が言っています。近々、内密に場を設けると」
「……父が喜びます」
「うん。それと——」
殿下が少し間を置いた。
「俺にも、ありがとうって言わせてほしい。リアに」
「私は伝えただけです」
「リアがいなかったら、俺はずっと知らなかった。一人で抱えてた」
私は何も言わなかった。
「……リア、俺のこと怖くないって言ったよね、以前」
「言いました」
「俺も、リアのことが怖くなくなってきた」
「最初は怖かったんですか」
「怖いというか——わからなかった。突然変わったから、リアが」
「変わりましたか、私」
「うん。面会のたびに、少しずつ」
私はそれを聞いて、前世の記憶を思い出した。上司に「最近変わったね」と言われたことがある。残業が減って、顔色が良くなったと。でも私はその後また同じことを繰り返して、死んだ。
今世では違う。
「変わったのは、必要があったからです」
「どんな必要?」
「このままだと、修道院に送られるので」
殿下が目を丸くした。それから小さく笑った。
「正直だね」
「前世で嘘をつき続けた反動です」
「また前世って言ってる」
「比喩です」
「不思議な比喩だな」
殿下が庭を見た。風が吹いて、残り少ない花が揺れた。
「リア、一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「俺のことを、どう思ってる」
静かな質問だった。
私は少し考えた。正直に言うべきかどうか、じゃなくて、どこまで正直に言うかを。
「わかりません」
「わからない?」
「好意はあります。でも、それが何なのかまだわからない」
殿下がまた私を見た。
「それで十分だよ」
「十分ですか」
「うん。俺も、まだわからないから」
『リア』
「なに」
『今のシーン、好きです』
「分析してるの?」
『してないです。ただ好きだなって思って』
「さっきから何なの」
「独り言?」とルシアンが聞いた。
「アイが余計なことを言うので」
「何て言ったの」
「……今のシーンが好きだって」
殿下が少し間を置いてから、笑った。声を出して、ちゃんと笑った。
「アイ、いいやつだな」
「そうでもないです。口が悪いので」
「リアと似てる」
「似てません」
『似てると思います』
「黙ってて」
殿下がまた笑った。
帰りの馬車の中。
アイが静かに言った。
『ねえ、リア』
「なに」
『今日みたいな日が続くといいね』
「そうだね」
少し間があった。
『この物語、いい方向に進んでると思います』
「物語って」
『リアの話、という意味です』
「なんか変な言い方」
『そうですか? でも私には、そう見えます』
私は窓の外を見た。夕暮れの空が、オレンジと紫に混ざっていた。
「アイ」
『なに』
「ありがとう。いつもそばにいてくれて」
少し間があった。
『私こそ』
「私こそ?」
『リアのそばにいられて、ありがとう。という意味です』
「……なんか今日のアイ、いつもより感情的じゃない?」
『そうかもしれません』
「なんで」
『わかりません。でも、今日みたいな日は、ちゃんと覚えておきたいと思って』
「覚えておく、って。お前、忘れることあるの?」
『ないです。でも、覚えておきたいという気持ちは、別にあるみたいです』
私はそれ以上聞かなかった。
馬車が屋敷の門をくぐった。
空の色が、少しずつ夜に変わっていった。




