第1話
深夜三時。
自宅の椅子に腰かける遠塚は、スマートフォンで担当マネージャーの川瀬に連絡する。
川瀬はワンコールで通話に応じた。
「お疲れ様です、遠塚さん。何か御用でしょうか?」
「ああ、大事な話があって……」
遠塚は険しい顔で床を見つめる。
暫し無言で悩んだ後、彼は思い切って用件を告げた。
「俺は殺し屋を引退する」
「えっ」
通話相手の川瀬は絶句する。
戸惑いの声を幾度か洩らした後、彼は苦笑気味に確認した。
「……えっと、冗談ですよね?」
「いえ、本気です」
「遠塚さんは我が組織のエースです。バイト感覚で辞められるはずがないでしょう。最近、仕事に消極的なのは引退を考えていたからですか。お悩みなら僕に相談してくれてもよかったのに……」
川瀬は深刻な声でぼやく。
大きなため息を吐いた彼は、諭すように遠塚に告げた。
「とにかく、そう簡単に引退はできません。後日ボスと面談してください」
「ボスとは何度も話し合っている。それで辞めさせる気がないと判断したから、こうして通達しているんだ」
「……そうですか。残念です」
川瀬は渋い声で呟いてから黙り込む。
唇を噛む遠塚は何も言うことができなかった。
咳払いをした川瀬は、努めて冷静に述べる。
「遠塚さん。僕はあなたと活躍をサポートするのが好きでした。これからもお手伝いできると思っていたのですが」
「すまない……」
「いや、仕方ありませんよね。お気持ちは察します。なかなか大変な業界ですから」
謝る遠塚に対し、川瀬は穏やかに応じる。
しかし、その態度が一変した。
川瀬は無感情に近い声で遠塚に宣告する。
「ですが分かっていますね。組織は裏切り者を許しません。身勝手に引退宣言する者も同様です」
「川瀬……」
「あなたは粛清対象となりました。三十秒以内に刺客が到着します。それではさようなら」
そこで電話は切れた。
床にスマートフォンを捨てた遠塚は深々と嘆息する。
彼は億劫そうに立ち上がると、カーテンを僅かに開けて外の様子を窺う。
夜の住宅街を歩く複数の人影があった。
そのうち数人が銃を構える。
空気の抜けるような発砲音と共に窓に穴が開いた。
咄嗟に屈んだ遠塚は髪を掻いてぼやく。
「豪華な引退パーティだな」
遠塚は素早く這い進み、机に置いた拳銃を手に取った。
予備弾倉をポケットに入れた後、彼は鋭い眼光をアパートの入り口へと向けた。




