第9話 アスモデウス襲来!仮面の戦慄
5人の戦天使が揃い、カフェ「空の庭」での穏やかな日常風景。
「ミズキー。これから菓子司さんのところ行くんだけど、せっかくならお茶しに行こうぜ」
「店は開けれねえよ。一人で行きな」
ミズキはあしらうが颯はめげない。
「お前も懲りないなあ。こんな暴力女のどこが良いんだか」
「…烈也。喧嘩なら買うぞ。表出るか?」
「これだから恋愛未経験のお子ちゃまは。喧嘩経験に全振りしてるからなあ」
「…いい度胸だ。お前らまとめて相手してやるよ」
仲間のはずの3人の一触即発ムードに大地が心配する。
「喧嘩はよくないぞ。みんな疲れているならクッキー焼けたから食べるか?」
(((そういうわけじゃねーんだけど)))
3人は心の中でハモった。
「大地くんのクッキーやっぱおいしいね。みんなも食べなよ」
幸せそうな顔でほおばるキラと、子を見守るように微笑む大地。
「「「いや、お前が食うのかよ!!!」」」
3人の声が見事に重なった。
それぞれ個性はバラバラだけど、バランスのいいチームだなとミズキは思った。
しかし、何か不穏な気配をミズキは感じ取る。
その時、カフェの前に衝撃音が響いた。
「カフェの外からだ。行ってみよう!」
全員が駆けつけると黒い画面を付け、黒い悪魔の翼を持った男が立っていた。
「待っていた、戦天使達。全員集まったみたいだな」
「悪魔か…お前は誰なんだ!?」
「私はアスモデウス。君たちが今まで戦った悪魔の上司と言ったところだ」
「へえ、親玉の登場てか。こっちから出向く前に来てくれるなら手間が省けるな…行くぞ!みんな!」
ミズキの掛け声に答えるように全員が戦天使に変身した。
先に動いたのはキラだった。
「行こう、颯くん!」
二人の気合が重なり、光の刃が弾ける。だが、仮面の男は一歩も動かず、ただ手を伸ばした。
刃が空中で止まる。まるで見えない壁に阻まれたように。
「動きが散っている」
仮面の奥から淡々とした声が響く。
「戦い慣れていない者の動きだ。怖れと焦りが混ざって、剣が軸を失っている」
「何だとっ!」
颯が叫ぶ間に、キラの身体が宙を舞った。
仮面の男の一撃は、突きでも蹴りでもなかった。ただの“触れ”――だが、その触れ方が正確すぎて、力の流れが逆転していた。
烈也と大地がすぐさま飛び込む。
「やるな…しかし守ってみせる!」
「大地、右だ!」
二人の息は合っていた。だがその動きを、男はつまらなそうに眺めていた。
「格闘の型は出来ている。だが――」
ひときわ冷たい声が落ちる。
「その拳には“理由”がない。」
瞬間、烈也の拳が止まった。
言葉が刃となって脳を切り裂く。男の言葉は、体術より速かった。
大地の防御も一瞬の遅れで崩れ、二人とも無防備に地へ伏す。
沈黙。
砂塵の向こうで、ミズキが一歩、前に出た。
「なるほど。お前が本命か」
仮面の奥で、声が微かに笑う。
「お前の構え――懐かしいな。誰かに教わったな?」
「……貴様には関係ない」
「そうか。だが、その“誰か”が、今のお前を作ったのだろう?」
空気が軋む。
ミズキの剣が閃き、闇と光がぶつかる。
一太刀ごとに、二人の距離がわずかに縮まっていく。まるで過去と現在が衝突しているようだった。
息が触れる距離。
仮面の男が囁いた。
「その踏み込み、あの時と同じだ。」
ミズキの手が止まった。
「……どうして、そのことを……」
「どうしても何もない。お前が、忘れたんだ。」
刹那、剣が唸りを上げ、仮面を斜めに裂いた。
破片が舞い、光を反射しながら落ちていく。
そこに現れた顔――。
「……ハル……?」
世界が、音を失った。
時間が伸び、すべてが静止する。
あの頃、指導者として寄り添ってくれた微笑。そのままの形で、悪魔はそこにいた。
「なぜ……あなたが……」
「問うな、ミズキ。お前はまだ、戦える。」
その声は、あの優しい師の声とまったく同じ響きだった。
ミズキの手から剣が落ちる。
「お前が止まれば、こいつらは死ぬ。
守るなら鍛えろ。導くなら、試せ。
それができぬなら――戦天使を名乗る資格はない。」
アスモデウス――いや、“ハル”は、淡々と告げた。
そして、口元にうっすらと微笑を浮かべる。
「期待していたが、興が冷めた。
もう少し楽しめるようにしてくれ。」
言葉を残して、黒い翼が夜空へ消えていく。
残されたのは、倒れた仲間たちと、震えるミズキの呼吸だけだった。
風が戻ってきた。
それは優しい風ではなく、破壊の名残をさらう冷たい息だった。
粉塵が舞い、焦げた大地の上に仲間たちの影が散らばっている。
息づく音が聞こえる。痛みに耐える呻き。だが、それ以上に――沈黙が痛かった。
ミズキは膝をついたまま、ハルの去った空を見上げた。
黒い雲が流れていく。その奥に、一瞬だけ、金色の光が滲んだ。
まるで、神の瞳が彼女を見下ろしているようだった。
「……どうして、あなただったんだよ……」
呟きは、唇をかすめるだけで消えていった。
涙は出なかった。出るはずもない。怒りも悲しみも、言葉になる前に凍ってしまったから。
背後で、かすかな声がした。
「……ミズキ……大丈夫……?」
キラだった。腕を押さえながら、それでも立ち上がろうとしている。
その姿が、刃よりも痛かった。
「無理するな。動かないで」
ミズキの声は、静かで、どこか遠かった。
彼女は一人ひとりの顔を見た。血の滲む手、焦げた服、震える唇。
――この子たちは、自分が戦天使にした。
――自分が連れてきた戦場で、傷つけてしまった。
ミズキは拳を握る。震える手に、血の匂いが混じる。
心の奥で、ハルの声がよみがえる。
“守るなら鍛えろ。導くなら試せ。それができぬなら資格はない。”
「……そうだな、ハル」
小さく笑った。その笑みは、諦めにも似ていた。
「私には……もう導けない。戦う理由を、見失ったから」
ゆっくりと立ち上がる。
空は、紫と橙の境目。夜が来る前の、いちばん脆い時間。
ミズキは振り返り、倒れた仲間たちに言った。
「……ごめん。もう、戦天使はやめてもらおう」
全員が戸惑いの表情であったがすぐに誰も言い返せなかった。その声が、まるで祈りのように響いていたからだ。
「これは、私だけの戦いだから」
ミズキの背中が、光を背に沈んでいく。
その足取りは、静かで、あまりにも確かだった。
空の庭に残ったのは、焦げた匂いと、割れたティーカップだけ。
風が一度だけ鳴って、やがて――すべての音が、夜に呑まれた。




