第8話 地の戦天使 桜庭 大地 【後編】
大地の祖父は、空の庭からの帰り道、ほのかに花の香る並木道を歩いていた。
大地に言いすぎてしまっただろうか…と後悔もしたが
いや、私は間違っていないと祖父は葛藤した。
しかし次の瞬間、空気がひずみ、茨と黒い蔦が地面から伸びあがる。
闇をまとう背の高い人物が、花びらを散らすように姿を現した。
男…なのだが、どこか妖艶で女性的。背中には黒い翼。
その姿は美しいが、不気味だった。
「まぁまぁ。おじい様の中から、いい“怒り”の香りが漏れてるわぁ。
どうかしら?少し暴れちゃわない?」
「訳の分からんことを…喧嘩なら買うぞ」
祖父の目に武の炎が宿る。
「ふふ、武道家なのね。いいわ、私はザガン。
あなたを魔物に変える前に、ちょっと遊んであげる」
祖父は構えた。突き、蹴り、畳の上で培った動きが闇の悪魔を押し込む。
そして、投げに入ろうと懐へ踏み込んだ瞬間――。
「素手で、とは言ってないわよ?」
蔦が祖父の足を絡め取る。
ザガンの手から黒い霧が溢れ、祖父を飲み込んだ。
「大地…すまん、守れずに……」
祖父の声は霧の中に消えた。
「祖父さん!!」
大地、キラ、烈也が駆け込む。
「まぁまぁ、いい男が三人も。
あなたのおじい様、最高の魔物になったわよ?」
「やめろ…祖父さんを返せ!」
「倒せたら考えてあげる♡」
烈也とキラが変身し、斬りかかる。
だが地面の蔦に拘束され動きを封じられた。
「くそ!大地、逃げろ!!」
「逃げない!俺は…俺が助ける!」
しかし魔物となった祖父の一撃が大地へ伸びる。
その拳は痛みではなく、祖父の「信念」の重さを帯びた拳。
「私と戦え。男なら、強さを見せろ」
大地の手が震えた。
「俺は…家族を傷つけたくない。祖父さん…戻ってくれ」
「無駄よ。魔物に堕ちれば声なんて届かないわぁ」
ザガンが高笑いしたその時――
「風よ、切り裂け!ウィンドカッター!」
颯の風が蔦を断ち切り、ミズキも駆けつける。
「大地。お前にしか救えない。
その想い、祖父さんにぶつけてこい」
ミズキはロザリオを手渡す。
大地を黄色の光が包み込んだ。
白い軍服。背に白羽。
胸に灯ったのは、強さと優しさが同居した新しい力。
「祖父さん。勝負だ。柔道で!」
大地は懐に飛び込み、太ももへ力を貯め、腰を回し――
「大外刈りッ!!」
地を裂くような一撃が魔物を倒す。
祖父の顔に、一瞬、人の皺が戻る。
「大地…強くなったな…」
「光よ奏で!ルミナス・アリア!」
キラの光が祖父を包み、悪意が消えていった。
「くぅ〜戻しちゃったのね。
じゃあ最後に薔薇でも投げつけて帰るわ!
薔薇の嵐!」
無数の薔薇が降り注ぐ。
「土よ、壁となれ!ストーンウォール!!」
大地が展開した土壁に吸い込まれ、全員無事だった。
ザガンは悔しそうに唇を尖らせる。
「まあ今回は視察だからいいわ。
次は本気でいくわよ。
じゃあね、かわい子ちゃん達♡」
ザガンは黒霧とともに消えた。
夕暮れ。目覚めた祖父の目に、大地が映った。
「…助けてくれたのか」
「俺は人を傷つけない強さを学んでる。
祖父さんが教えてくれた武道は…守るためにある」
祖父は、何も言わずに大地の肩を叩いた。
それだけで、十分だった。
数日後
大地は正式に「空の庭」のパティシエとして迎えられた。
その日、美咲が祖父を手を引いてやってきた。
「お兄ちゃんのスイーツが食べたい!
ね、おじいちゃんも!」
「じゃあ…苺タルトを」
「かしこまりました!」
大地の手さばきは、柔道とはまた違うリズム。
盛りつけられたタルトは宝石のように輝いていた。
祖父がひと口食べる。
「……こんなに美味いものが世の中にあるとはな」
大地は、初めて見る祖父の顔に驚いた。
誇らしさが溢れる。
「大地くんの“すごい”ところ、おじいちゃんに伝わったね」
キラの笑顔に、大地は静かに涙を光らせた。
「ありがとう。
俺らしくいられる場所をくれて」
守りたい人たち。守りたい居場所。
その全部が、ここにある。
魔界・黒い謁見の間
アンドラス、マルフォス、ザガンが集う。
「5人揃ったそうねぇ。みんな可愛かったわ」
「可愛いとか分かりづらい表現はやめてください。
私は颯を倒します」
「烈也は俺にやらせろ!次は勝つ!」
「大地くんは私。絶対に仕留めるわ」
騒がしい二番手たちの前で、空気が凍る。
玉座に座る男が薄く笑った。
「よくやった、ザガン。
…ミズキが仲間を揃えたか」
名を呼ばれた悪魔は、深く頭を下げる。
魔界大幹部――
アスモデウス。
「迎え撃とう。わらわがな」
笑みは深淵より黒く。
試練は、まだはじまったばかり。




