第5話 風の戦天使 風見 颯 【前編】
キラの叔父・天ヶ瀬透から、事務所とは別の場所に集合するようにと通知があった。
放課後、キラと烈也が向かった先には「空の庭」と書かれた看板が掲げられた建物があった。
白を基調とした北欧和モダンの外観。中へ入ると、吹き抜けから光が差し込み、風が心地よく通り抜ける。
壁一面が植物のグリーンウォールで、季節の和花が柔らかく香っていた。
「……カフェ? 本当にここで合ってるのかな?」
キラが不安そうに呟いたそのとき、
「おう! よく来たな!」
透が姿を現し、開口一番とんでもないことを言い放った。
「明日から君たちには、このカフェで働いてもらう!」
「カフェ!? 聞いてないよ!」
「だよな!? 役割も分からねーのに!」
「まあまあ、落ち着けって」透が手を振りながら笑う。
「このカフェでの目的は“聖なる力”の補給だ。魔法を出すには人間界の“幸せな気持ち”が必要なんだよ」
「……で?」烈也が半眼になる。
「そこで、幸せを感じやすいものといえば――スイーツとイケメンだ!」
「理屈が暴走してる!?」
烈也が頭を抱える横で、キラは苦笑した。
「今ミズキが宣伝してる。見に行ってみるか?」
興味半分でついていくと、駅前の人だかりの中心に見慣れた姿があった。
「なあ、あの真ん中……まさか……」
燕尾服に身を包み、完璧な笑顔でチラシを配るミズキ。
「明日オープンの“空の庭”に、会いに来てくれると嬉しいな、子猫ちゃん」
「おじさん…あの人は誰?」キラが呆然と呟く。
「ミズキすげーだろ?」透が満足げに頷く。「小遣いのために頑張れって言ったら、俺が仕込んだ少女漫画で王子様を研究してきたんだ」
「いや、普段ヤンキーみたいな奴があんなのできねえよ!」まさか記憶制御装置を使ったのか!?と烈也は目を丸くする。
「はは…でもミズキは力のためにも頑張ってくれて努力家なんだな」と良いところを見つけてキラは優しく微笑んだ。
カフェに戻ると透がさらりと配置を決めた。
「ホールはミズキ、キッチンはキラ。烈也はバイト経験あるし、オールラウンダーで頼む。もちろん学業優先でな」
「うん、僕は大丈夫!」
「俺はちょっと……」
「ちなみに時給は――」
透が電卓を叩いた瞬間、烈也の態度が一変した。
「オッケー透さん! 全力で働きます!」
「ええ…それでいいの?」キラがため息をついた。
そして次の日。
オープン初日はやはり人が賑わっていた。
キラと烈也も透のマニュアルを学んで、パフェやパンケーキ、たまにサンドイッチなども2人で手分けして作ることができた。
ミズキのホールのサービスも完璧であった。
「いらっしゃい、お姫様。来てくれて私は幸せです」
「君の笑顔に、パフェも嬉しそうだ」
女性客は皆目をうっとりさせてミズキを見ていた。初日は上々だと思われたその時、
「本当なんだよ!ここに王子様みたいなかっこいい子がいるんだって」
「まりちゃん、今日は俺とデートなのにカッコいいやつ見に行くのかよ」
「よく言うよ颯。みんなデート重なって女3男1にした癖に」
「なんだありゃ?一夫多妻制か?」
「あの男の子、もしかして同じ学校の子かな?」
颯は女の子たちと席につき
「さて、俺よりモテる男を探しますか…」
注文を聞きに来たミズキを見た瞬間、胸を押さえて叫んだ。
「う、運命の人に会えるとは…!俺と結婚を前提にお付き合いしませんか!」
「…お客様、頭を冷やす保冷剤でも持ってきましょうか?」
店中がざわめき、ミズキは冷静にあしらう。
しかし颯の周囲の女子たちは「颯、一人に絞っちゃうの?」「やだー、私も!」と騒然。
一部始終を見た烈也は「…ああいうやつ、無理」とぼやき、キラは苦笑いを浮かべた。
バタバタしたが何とか初日は乗り切れた。
「いやー、売上は好調だな!また来週末も頼むわ」売上を見て透は上機嫌だ。
「それに聖なる力も好調だ。ロザリオも輝いてるだろ」
確かにロザリオのそれぞれの宝石が輝きを増していた。
「やー、戦いとはまた違う労働だなー。疲れた」
ミズキはジャケットのボタンを外して緩める。
「お、とうとうボロを出しやがった」
「ミズキもお疲れ様」
からかう烈也と労うキラだが皆充実したような表情であった。
閉店後揃ってカフェから出ると、颯が待ち伏せをしていた。
「お疲れ様ミズキちゃん。この後デートでもしない?」
「…営業時間外なので結構です」
女の子の前ではないのでミズキは普段モードで素っ気なく対応するが
「お店とは違う素のミズキちゃんが見られて嬉しいな。初日で疲れただろうから体力回復がいいね!いい薬膳料理のお店はどう?」
怯まずに口説く颯に尊敬の眼差しのキラと呆れる烈也であった。
「颯!こんなとこにいたのか。茶道の稽古はまだサボったのか?」突然颯の前に男が立ちはだかった。
「静真…なんだよこんなとこまで来て関係ないだろ」
颯は先ほどと打って変わって静真を冷たくあしらう。
「お前あんなに茶道が好きだったのになんで来ないんだ?また一緒にやろう」
真正面向かって訴える静真に対し、颯は視線を逸らして冷たく言い捨てた。
「期待されている本家のお前だけでやれよ。妾の子の俺なんて構うな」
静真はわずかに顔を歪ませたが持ち直して
「また声かけるから」とその場を去った。
残された颯の拳が、わずかに震えていた。
その姿に違和感を覚えたキラが静かに問いかける。
「颯くん、もしかして本心でなくて遠ざけてる感じ?」
颯は沈黙し、やがて小さく笑った。
「…分かっちゃった? うち、父が茶道の家元でさ。俺は妾の子。でも茶道が好きで続けてたら、本家の兄貴が親に責められててさ…それ見て、もう俺が辞めた方がいいって思ったんだ」
キラは穏やかに言った。
「お兄さんを責めさせないために、自分が引いたんだね。優しいよ、颯くんは」
ミズキも腕を組みながら言う。
「でもな、ああやって兄貴が探しに来るってことは、あいつも決着つけたいんだろ。逃げたままじゃ彷徨うだけだぞ」
その言葉に、颯の目が真っ直ぐになった。
「…ミズキちゃん! デートはまた今度誘わせてな! 俺、ちょっと急用!」
「いや、なんで私が誘った風なんだ!?」
続く




