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灰色の翼をもつ天使と僕の聖戦  作者: 小田原 純


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第36話 ミズノハメとの邂逅・灰色の羽根の真実

澄みきった空気の中、一面に広がる泉が静かに息づいていた。

その水面は空を映しながら、どこか“こちら側ではない何か”を湛えている。


ハルはゆっくりと歩みを進める。

懐かしさが胸に広がる一方で、その足取りにはわずかな緊張が滲んでいた。


やがて、水面が静かに揺れる。


泉の中央から、ひとりの少女が姿を現した。


「ハル。お勤め、ご苦労さま。……久しぶりね」


柔らかな声音。けれど、その奥にはすべてを見通すような深さがあった。


ハルは泉のふもとで膝をつき、頭を垂れる。


「ミズノハメ様……ご無沙汰してしまい、申し訳ございません」


ミズノハメは小さく首を振る。


「構いません。あなたは“悪魔”になっていたのですから」

そして、微笑む。

「戻って来られただけで、十分です」


その言葉に、ハルの胸の奥がわずかにほどける。


だが次の瞬間、ミズノハメの瞳に影が差した。


「……ミズキが、魔界にいるのですね」


ハルは唇を強く噛みしめた。


「はい。あいつは……俺を救って、代わりに」

一度、言葉を切る。

そして顔を上げた。


「ですが、必ず――俺“たち”で助け出します」


その瞳は、泉のように澄んで、揺るがなかった。


ミズノハメは静かにうなずく。


「あなた“たち”ならできるでしょう。水も、そう言っています」


ハルはその言葉に力をもらい、ふと、あることを思い出した。


「ミズノハメ様……ひとつ、お聞きしたいことがあります」


背に意識を向けると、光が形を取り――翼が現れる。


だが、その色は。


「……灰色、なのです」


かつて悪魔であった時は黒。

だが今は、光でも闇でもない色。


「ミズキも同じ灰色の翼を持っています。あいつは、自分には浄化の力がないと思い込んでいる……」

ハルは拳を握る。

「ですが、あいつは無意識に俺を救った。悪魔だった俺を、天使に戻したんです」


沈黙が落ちる。


ミズノハメは目を閉じ、静かに水面へと手をかざした。


波紋が広がる。


まるで、水そのものと対話するかのように。


やがて、彼女はゆっくりと目を開いた。


「……水が、教えてくれました」


ハルの呼吸が止まる。


「灰色の翼は――“境界”の証」


「境界……?」


「光と闇。そのどちらにも属さず、どちらにも触れられる者」

ミズノハメの声は静かだったが、確かな重みを持っていた。

「浄化も、堕落も。どちらの力も宿す存在です」


ハルの目が見開かれる。


「では……!」


「ええ」

ミズノハメは微笑む。

「ミズキは“できない”のではなく、“どちらもできてしまう”のです」


その言葉は、ハルの中で一瞬にして繋がった。


「だから……あいつは……!」


恐れていたのだ。

自分の力を。

自分が何者なのかを。


ハルは強くうなずく。


「ミズキに伝えなければ……」

その声には確信が宿っていた。

「俺たちなら……天界すら変えられるかもしれない」


ミズノハメは、穏やかに彼を見つめる。


「まずはミズキを救いなさい」

そして、わずかに目を細めた。

「その先は……あなたたちが切り拓く道です」


ハルは立ち上がり、深く一礼する。


「ありがとうございます、ミズノハメ様。必ず――あいつを連れて帰ります」


その背を見送りながら、ミズノハメはふと、いたずらめいた笑みを浮かべた。


「……ああ、それと」


ハルが振り返る。


「助けたあとは、きちんと気持ちを伝えなさい」

くすり、と小さく笑う。

「あの子、案外ライバルが多いですよ」


一瞬、颯の顔が脳裏をよぎる。


「なっ……!」


思わず言葉に詰まるハルを見て、ミズノハメは上品に笑った。


「あなたも、年相応の顔をするのですね」


――ミズキ。


必ず、助ける。


ハルは視線を遠くへ向ける。

その先にあるのは、魔界。


そして――まだ見ぬ未来だった。

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