第32話 胸騒ぎの朝
「……お願い、ミズキを……」
少女の泣き顔が、闇の中に浮かんでいた。
何かを必死に訴えるように、こちらへ手を伸ばしている。
その瞬間、キラはハッと目を覚ました。
隣では烈也と大地が静かに眠っている。
「誰……だったんだろう……」
胸の奥がざわつく。
ただの夢とは思えなかった。
嫌な予感が、消えない。
キラはそっと立ち上がり、部屋を出た。
廊下を少し歩くと、人影が見えた。
「おはよう、キラ」
そこに立っていたのはハルだった。
「……お前も、見たのか?」
キラは静かにうなずく。
「はい……。たぶん同じ夢、見たんだと思う」
少し迷ってから言葉を続ける。
「もしかしたら……あの子が、アイリス様なのかなって」
ハルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに小さく息を吐いた。
「やっぱりか…ミズキに何かあったかもしれない。急いで他のやつも起こして進もう」
そう言って部屋へ戻ろうとした、その時だった。
「てめぇ気色悪いことすんなよ!」
「こっちのセリフだ!男を抱き寄せる趣味はねえよ!」
部屋から怒鳴り声が響いた。
キラとハルは顔を見合わせる。
「……なんだか大変そうですね」
部屋へ入ると、烈也と颯が掴み合いになっていた。
「ちょ、ちょっと二人とも!落ち着いて!」
キラは慌てて大地のそばへ寄る。
「何があったの?」
大地は苦笑いを浮かべた。
「目が覚めたら颯が烈也を抱き寄せてたんだ」
颯が烈也を抱き寄せる!?
キラは思わず目を見開いた。
天地でもひっくり返ったのだろうか
「夢でミズキを抱きしめてたのに、百歩譲って女の子ならまだしもお前とは!」
「まだそんな夢見てんのかよ」
そこからハルも参戦した。
「おい、ミズキを抱きしめたってどういう事だ!?」
「やめてください!話が終わりません!」
思わずキラがツッコんだ。
ハルは正気に戻りパンと手を叩く。
「まあいい。起こす手間は省けた。先を急ごう」
全員が支度を整え、目的地へ向かった。
歩きながらハルが言う。
「これからの戦いに向けて、神様に力を授かる」
ハルは前を見たまま言う。
「天照様たちにな」
キラは少し考え込む。
「天照様……って太陽の神様だよね?火とか水とか、風とか地の神様もいるんだろうけど……」
困ったように笑う。
「思いつかないや」
烈也も腕を組む。
「正直、俺も日本の神は分からねえな」
ハルは思わず足を止めた。
「嘘だろ。お前ら自分の国の神を知らないのか?」
その時、颯がさらりと言った。
「水の神はミズハノメ様」
「火の神がカグツチ様」
「地の神がオオクニヌシ様」
「風の神がシナツヒメノカミ様、かな」
大地の目が少し輝く。
「すごいな颯。そんなに知ってるのか…」
颯は少し照れくさそうに頭をかいた。
「茶道とか和菓子って日本文化が関係するからな。関連した古事記も学んでたんだ」
ハルも感心したようにうなずく。
……が、すぐに口元を歪めた。
「でもなんか、お前が知ってると面白くないな」
颯の眉がぴくりと動く。
「ひと言多いんだよ。素直に褒めれないのか、このブラック上司」
「誰がブラックだ」
結局、二人はまた言い争いを始めた。
大地がポケットから飴を取り出し、二人の前に差し出した。
「喧嘩は良くないぞ。糖分とって落ち着こう」
烈也が眉をひそめる。
「……お前のその特殊能力はツッコんで良いのか?」
キラは小さく笑った。
「何だか、みんながいつも通りで安心したよ」
空を見上げる。
(ミズキ……どうか無事でいて)
胸のざわめきは、まだ消えていなかった。




