第31話 心の底での聖戦
白い。
どこを見ても、白だった。
天井も、壁も、床も。影すら存在しない空間。
先ほどの部屋とは明らかに違う。
あるのはミズキの体だけ。
ここは――隔離空間だ。
「っ……!」
次の瞬間、脳を叩き割るような激痛が走った。
鼓動と同じリズムで痛みが波打つ。
視界が明滅し、白が滲む。
(なんだ……これ……)
膝をつく。呼吸が乱れる。
これは魔界の魔力か?
いや、違う。
痛みの奥に、声がある。
(……誰だ)
『ようやく気付いたか』
耳元でも、頭の奥でもない。
魂の裏側から響く声。
白い空間に、もう一人の自分が立っていた。
同じ顔。
同じ瞳。
そして、黒い翼。
『苦しそうだな、ミズキ』
もう一人のミズキは、薄く笑った。
『その苦しみ、解放したくば我にその身を明け渡せ。そうすればお前は今より強くなる』
甘く、そして傲慢な囁き。
痛みは増す。
頭蓋の内側から砕けていくようだ。
(……ふざけるな)
悪魔はさらに煽る。
『今までみたいに自分を犠牲にしなくても良いくらいに、大切な人を守れるぞ』
ミズキはその言葉をズシッと受け止めた。
そうだ。あの日、母に助けられてから――強さを求め続けてきた。
スラムの時も力があれば残って暮らせたかもしれない。
ハルを守れたかもしれない。
アイリス様と共に天界に帰れたかもしれない。
自分に力があると信じきれないから、私はすぐに自分を犠牲にする。
頭の痛みを解放して目の前のやつと契約し、さっさとアイリス様を連れて天界に行こう。
しかし、ミズキは立ち止まった。
それで良いのか?
どうして私は、自分が積み上げてきたものを信じなかった?
私は強くなるのを信じて学んで、修行して、戦ってきたことは嘘じゃない!
それなら、目の前の自分に思考を停止させて委ねるのは違う…
やがて、ミズキはゆっくりと顔を上げた。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ」
悪魔の笑みが、わずかに止まる。
「出てきたんなら、出し惜しみしてんじゃねえ。力があるならさっさとよこせ」
予想外の反応だったのか、悪魔の瞳が揺れる。
「私は――」
脳裏に浮かぶ。
アイリスの言葉。
――あなたは、希望です。
キラ・烈也・颯・大地の笑顔。
ハルの背中。
守りたい景色。
「私は、私の足で歩く」
「誰かに支配される気はない。でも――」
ミズキは、悪魔を真正面から睨みつけた。
「退屈はさせねえよ」
「私の見る景色、全部見せてやる」
一瞬の沈黙。
やがて、悪魔は低く笑った。
『……一筋縄ではいかぬか』
その瞳に、興味が灯る。
『よかろう。楽しませよ』
その瞬間。
ミズキの背から、黒い稲妻のような光が噴き上がった。
白い部屋に亀裂が走る。
空間が軋み、震え、悲鳴を上げる。
「――開け」
拳を振り抜いた。
轟音。
扉ごと、空間が爆ぜる。
白は砕け散った。
煙の向こうに、魔界の赤黒い空が広がる。
ミズキは走る。
向かう先は一つ。
ルシエルのもとへ。
灰色の翼を広げながら。
「逃げねえ。私は、私のままで終わらせる」




