第28話 灰色の記憶
「こちらがルシエル様の書庫です。お戻りになる時はこちらのベルでお呼びください」
老執事は一礼して書庫を後にした。
悪魔だというのに、所作は驚くほど丁寧だった。悪魔も人それぞれなのだろうか。
重厚な魔導書や歴史書が壁のように並ぶ。
ルシエルは知識欲の人物なのだろう。
歴史に触れて天界の在り方に疑問を持つなら納得できるものもある。
奥の書棚にも本が並べられていたがその背表紙にミズキは驚きを隠せなかった。
「バカな…何故巨匠の書物がこんなにも…」
手塚治虫の漫画本が歴史書に並んで圧倒的な存在感を示している。
しかしミズキも見たことのない作品まで網羅していた。
まさか、本の好みまで似るとはな。
未だに信じられないが親子は本当かもしれないとミズキはふっと笑みを浮かべた。
しかしその漫画の中に背表紙に何も書かれていない日記帳を見つけた。
これがまさか手記なのだろうか。
ここを通されたのだから私には読む権利があると、自身を納得させて読み始めた。
○月○日
『天界をより拓けた世界にしていきたい。天使以外の血が流れている者というのも徐々に受け入れていくのがいいだろう』
天界についての記述…ルシエルは元天使だと言うことだろうか。
『サリエルと人間界にこっそりと降り立ち、火の鳥の続きを手に入れた。やはり火の鳥には考えさせられることが多い』
て、地上に買い物行ってるのかよ!?
通りで透はあれだけ地上に詳しいわけだ。
よく上に怒られずに通えたな。
しかしほっこりとする記述と真逆のことが次のページには記されていた。
○月○日
『私は見てしまった。天界に対しての疑念をぶつけた天使が連行され処刑された。そしてその天使の翼は灰色であった』
灰色の…翼…
続きも書かれている。
『灰色の翼は、文献によれば天使と悪魔の混血を示す。しかもどちらかが堕天すると元々天使であっても後に変異として起こるらしい。しかしその事は子どもには罪がないのに反逆の可能性として連行するようだ』
ミズキの喉が鳴った。
ページをめくる。
そこから筆跡がわずかに荒れていた。
『弟のミカエルに協力を打診した。
この歪みを正すため、共に動いてほしいと』
ミズキの呼吸が止まる。
ミカエル――まさか、キラの父!?
『だが、ミカエルは信じなかった。
天界がそのようなことをするはずがないと』
『やがて彼は、剣を私に向けた。
その表情は――“無”であった』
『戦いの末、操られた弟の剣が私を討った。
私は魔界へと堕とされる。
その瞳は最後まで、“無”のままだった』
――救えなかった。
本が、音を立てて閉じた。
「そんな……」
キラの父は、堕とされたのではない。
操られていた?
ルシエルは、救おうとしていた?
思考が追いつかない。
その時――
かすかな物音が書棚の奥から響いた。
はっとして振り返る。
「誰かいるのか?」
一瞬の沈黙。
そして、震えた声。
「……ミズキ? あなたなのね!」
聞き覚えのある声だった。
書棚の奥、隠し扉のように半開きになった壁の向こうから、白い衣をまとった少女が姿を現す。
「アイリス…様…!?」
彼女は生きていた。
その瞳は、まだ光を失っていなかった。




