表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の翼をもつ天使と僕の聖戦  作者: 小田原 純


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/28

第25話 『生き延びて、ミズキ』

 家の中は、静かすぎた。

 日が傾く頃には戻るはずの母が、まだ帰ってこない。


 ミズキは机の上に広げた書物を、何度も読み返していた。文字は目に入っているのに、頭に残らない。胸の奥で、嫌な予感だけが膨らんでいく。


 ――そのときだった。


 外から、かすれた声が聞こえた。


「……やめて……」


 母の声だ。


 ミズキは息を呑み、戸口へと近づいた。扉を開ける勇気はなく、ほんのわずかな隙間から外を覗く。


 白い翼が、視界を埋め尽くしていた。

 一枚、二枚ではない。複数の天使たちが円を描くように立ち、その中心で母・カンナが囲まれている。


「悪魔の血が混じった子を出しなさい」


 淡々とした声だった。怒りも嫌悪もない。ただ、規定を読み上げるかのような冷たさ。


「……出しません」


 母の声は震えていたが、逃げなかった。


「その子は、何もしていない。悪魔の被害者よ」


「認められない」

 天使は即答した。

「悪魔の血が入った者は子どもでも粛清の対象である」


 その言葉を聞いた瞬間、ミズキの中で何かが切れた。


 考えるより先に、体が動いていた。


 裏手に回り、翼を広げ、最も近くにいた天使へ体当たりする。


「離れろ!母に触るな!」


 不意打ちに、天使がよろめいた。

 だが、すぐに周囲がざわめく。


「子どもだ」

「混血……」


 次の瞬間、母の腕を引かれるのが見えた。


「ミズキ!」


 母の叫びに、ミズキは歯を食いしばる。


「母は純粋な天使だ! 連れていくなら、私だけでいい!」


 叫びは、必死な懇願だった。


 しかし返ってきたのは、冷酷な言葉だった。


「不可能だ」

「関与した者すべてを拘束する」


 逃げるしかない。


 ミズキは母の手を掴み、走り出した。背後で羽ばたく音が追ってくる。振り返らない。考えない。ただ、前へ。


 夢中で走り続け、気づいたときには、大地が途切れていた。


 足元は崖。

 目の前には、夜の海が広がっている。


 逃げ場は、もうなかった。


 ミズキは振り返り、翼を広げた。


「戦う……」


 震える声でそう言いかけた、そのとき。


「だめ」


 母の声が、はっきりと響いた。


 カンナは、静かに微笑んでいた。


「母としての私の一番の幸せはね」


 一歩、近づく。


「あなたが――笑って、生きてることよ。

だから、あなたは生き延びて…ミズキ!」


 次の瞬間、背中に強い衝撃が走った。


 体が、宙へと投げ出される。


「お母――」


「ロザリオをかざして!」


 母の声が、遠ざかる。


 ミズキは必死に胸元を掴んだ。指に触れたのは、小さなロザリオ。


 祈るように掲げた瞬間、青い光が弾けた。


 海が、応えた。


 水が渦を巻き、ミズキの体を包み込む。冷たさはない。むしろ、抱きしめられているような温もり。


 遠くで、母が捕らえられるのが見えた。


「お母さん……!」


 叫びは、波音にかき消された。


 ロザリオから伸びる青い光が、暗い海の中に道を描く。


 ――生きろ。


 そう告げられている気がした。


 ミズキは涙を流しながら、流れに身を任せる。


 生き延びよう。

 強くなろう。


 天界を変える、その日まで。


 すべては――母のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ