第2話 天使の血を継ぐ者 ―僕はもう、逃げない。光で誰かを救うために―
ミズキが案内した先は、キラにも見覚えのある建物だった。
「あれ? ここ……僕の叔父さんの事務所じゃないか?」
ミズキも驚いたように目を丸くする。
「なんだ、知り合いか?」
「おお、ついに顔合わせだな」
ドアの奥から、紺の羽織をゆるく羽織った男が姿を現した。
キラの叔父――天ヶ瀬透。
「ミズキが怪我してるなんて珍しいな。……お前さんら、入んな」
「叔父さん、ミズキさんと知り合いだったの!?」
「なんだ、先に言えよな」とミズキは少しむくれている。
「まあまあ。巡り合いってのは、そういうもんだ」
透の事務所は、木の香りと静かな音楽に満ちていた。
壁際には人間界の書物が山のように積まれ、まるで図書室のようだ。
ミズキの傷を見ると、透は手慣れた手つきでロザリオをかざした。
淡い光があふれ、傷口が溶けるように消えていく。
「ほらな、天使の応急処置だ。しばらくは無理すんなよ」
「助かった。ありがとな」
キラはその光景を呆然と見つめていた。
光が治療になる――そんなのは物語の中だけの話だと思っていた。
透は深呼吸し、柔らかい声で口を開いた。
「さて、どこから話そうか……。そうだな。まず、俺とミズキの正体からだ」
「俺は人間じゃない。ミズキと同じ、天界の者だ。
そしてキラ――お前の父も天使だった。つまりお前は“人間と天使のハーフ”だ」
言葉が空気を切った。
キラの視界がわずかに揺れる。
「え……じゃあ、父と母の交通事故って……?」
透は沈黙した。視線を落とし、ゆっくりと続ける。
「……本当は事故じゃなかった。お前の両親は、悪魔に殺されたんだ。
俺も駆けつけたけど、兄さん――お前の父さんの力でも救いきれなかった。……すまなかった、キラ」
その声には、天使とは思えないほどの悔しさと悲しみが滲んでいた。
キラは自分の絶望を受け止めきれなかった。
胸の奥がぐしゃぐしゃになって、何かを壊したくなるほど痛い。
それでも――怒りをぶつけたら叔父を困らせてしまう。
だからこそ、代わりに涙が静かに頬を伝った。
(声を荒げてしまうほどなのに、こいつは強い。だけど感情を押し殺すのに慣れてしまっている。ある意味、危ないかもしれない……)
ミズキはキラを見つめながら、心の奥で危うさを感じていた。
「おじさん……僕にできることは、何?」
キラはふり絞るように声を出した。
「天界には〈戦天使〉の部隊があってな。ミズキはそこの一員だ。
今回の任務は人間界の警護――そして、仲間集めだ」
透の目が静かに光を帯びる。
「ここでの使命は二つ。
一つは、人間界にいるキラのような“力を持った戦天使候補”をあと三人見つけること。
ミズキは水、キラは光の力を得ている。残りは――火、風、地の力だ。
ミズキと協力して、仲間を見つけてほしい」
「分かった。でも、そんな人……どうやって見つけるの?」
「俺の開発したレーダーによると、全員キラの学校にいるらしい。
もしかしたら、キラが天使の力に目覚めたことで他の仲間の反応も出たのかもしれない」
学校の生徒に仲間が三人――。
キラは胸の奥に不安を覚えながらも、目をそらさなかった。
「そしてもう一つの使命――」
透の声が低くなる。
「魔界に囚われた天界の姫〈アイリス〉様を救い出すことだ。
魔界に乗り込むことになる。だからこそ五人の力を合わせ、真の力を覚醒させる必要がある」
「……でも、自警団がいるんだよね? 姫がさらわれたのに、天界の人は動かないの?」
ミズキの顔が一瞬で険しくなった。
「おかしいことだよな。
自分たちの手を汚したくないから、関係ない人間を巻き込む。
……昔からそうだ。上の連中は、自分じゃ戦わない。
天界のやることのほうが、よっぽど悪魔じみてる」
自嘲気味に吐き捨てたあと、ミズキはキラに向き直った。
「アイリス様は、はぐれ者だった私の恩人だ。
だから私が仲間を集めて、アイリス様を助けに行く。
キラや他の仲間には辛い思いをさせてしまうが……手を貸してほしい」
キラの胸中で、あの戦闘の光景が蘇った。
人間のままでは救えなかった命――。
けれど天使の力で救えた。
もしかしたら、父と母のように悪魔に奪われる命を減らせるかもしれない。
そのためなら――戦う。
キラは腹をくくったように、真っすぐな目でミズキを見つめた。
「ミズキ……僕は、父さんと母さんを救えなかった分、他の人を救いたい。
悪魔を倒して、アイリス様を救おう」
二人は固く握手を交わし、共に戦うことを誓った。
――まずは仲間一人目を探そう。
***
その頃、夜の街角では別の戦いが始まっていた。
「烈也、よくもお前、リーダーを殴ってくれたな」
「いくらお前でも、三人がかりならさすがに勝てねぇだろ」
不良三人が一人の少年を取り囲む。
少年――**烈也**は肩を軽く回した。
その瞬間、夜の空気がかすかに歪んだ。
地面の下から熱が立ち上るような感覚。
烈也の拳がぶつかるたび、赤い閃光がほとばしる。
まるで火花のように、空気が燃えた。
「たく……正当防衛だろ。喧嘩売る相手を間違えたな」
照明の下、烈也の拳が一瞬だけ、真紅に輝いた。
――次なる“火”の戦天使の目覚めは、すぐそこまで迫っていた。




