第17話 回帰の狭間
「ここが『回帰の狭間』につながる扉だ」
透は事務所の地下へと案内した。
扉の向こうは、雲に覆われたような真っ白な通路が広がっている。
「うわ、雪みたいに少し沈む」
足裏に伝わる感触が、馴染みのある地上とは違う場所へ踏み入れたのだと、キラ達に実感させた。
一度進めば、もう同じ場所には戻れない。
そんな予感が胸をよぎる。
「ここから先へ進めば後戻りはできない。今ならまだ……」
透は迷いの滲んだ表情でキラを見た。
ミズキだけでなく、キラまでも失ってしまうのではないか。
そんな不安が胸を締め付ける。
「おじさん、ミズキを連れて、みんなで帰って来るから……信じて待っていてほしい!」
キラは透の両手を強く握った。
「帰ってきたら俺は寿司」
「和食と茶菓子」
「近所のケーキが……食べたいです」
透は思わず噴き出した。
まるで部活帰りのリクエストだ。
「……分かった。絶対に帰って来い。全部、用意して待ってる」
キラ達は笑顔で別れを告げ、白い通路へと足を踏み出した。
しばらく歩いても景色は変わらず、白一色の道が続いている。
「力の底上げって言ってましたけど、どんな修行をするんですか……ハルさん」
キラが先導するハルに尋ねた。
「ハルでいい。これから向かう空間では、一人ずつ違う部屋で“自分自身”と向き合うことになる。
強さを得るには、まず自分を知ることだ」
烈也と大地が驚いた表情を浮かべる。
「もう一人の自分を作り出すなんて、天界って俺たちのこと知ってるのか?」
「……もしかして、天界から俺たちは見られているのか?」
ハルは大地を一瞥し、頷いた。
「その通りだ。天界の上の存在は、地上を見ている。
お前たちの記憶も、遡って再現できる」
「じゃあ……天界はずっと僕たちを見守ってるんだね。神様みたいだ」
キラの言葉に、ハルは苦笑する。
「そう言われると、喜ぶ連中もいるだろうな」
――良くも、悪くも。
その言葉は胸の内に留めた。
「そんな悠長なことしてていいのか?
手っ取り早く、お前が鍛えた方が早いんじゃねぇの?」
颯が鋭く睨みつける。
「颯。自分を理解しなければ、土台が崩れる。
そのまま積み上げても、力は使いこなせない」
「理屈は分かるけどよ……それって育成放棄じゃねぇの?」
「おい、やめろよ颯」
烈也が制するが、颯は止まらなかった。
「俺はミズキを助けたかった!
俺がお前だったら、迷わず行ってた!
力があって、一番近くにいたのに……なんで助けなかったんだ!」
次の瞬間、颯の視界が反転した。
背中から白い床へ叩きつけられる。
「分かったようなことを言うな」
ハルが静かに告げる。
「キラを見て、ルシエルとの力の差が分かっただろ。
俺だってアスモデウスだった頃から、力不足は痛感してた」
颯は言葉を失い、耳を傾ける。
「俺はミズキが好きだ」
一拍置き、ハルは言い直した。
「……いや、愛している。
だが今の俺たちで助けに行けば、全員死ぬだけだ。
天界に、俺以上に戦える者はいない。
だからこそ――戦天使として選ばれたお前たちが希望なんだ」
拳を握りしめる。
「ミズキが守ってきた希望を、無駄にしたくない。
だから、俺は賭ける。お前たちに」
颯は床に座り込んだまま考え込む。
悔しいが、正しい。
今行けば、ミズキが庇って傷つくだけだ。
「……強くなる。お前を超えて、ミズキを俺に惚れさせてやる!」
立ち上がった颯の目に、迷いはなかった。
(あいつも、同じことを言っていたな)
「いい目だ。超えてみろ。できるもんならな」
ハルは烈也、大地、キラにも目を向ける。
「覚悟はあるか。
自分と向き合うのは苦しい。だが、いずれ越えねばならない」
烈也が拳を握る。
「今まで俺は、力でねじ伏せてきた。
でもこれからは、守るために使う。ミズキが教えてくれた」
大地は俯きながらも、声を絞り出す。
「正直、怖い……。
でも一人じゃない。仲間がいる。
その一人のミズキを、俺は助けたい」
キラは、かつて自分を庇って傷ついたミズキを思い出す。
「もう……目の前で誰かが傷つくのを、見たくない」
(いい仲間に出会えたな、ミズキ)
ハルは静かに目を細めた。
その時、空間に四つの扉が浮かび上がる。
「俺は先で待ってる。
しっかり自分と向き合ってこい」
それぞれの力に呼応し、扉は淡く光を放った。




