第11話 灰の翼が光を帯びた時
赤黒い空が裂け、轟音とともに魔界の軍勢が押し寄せた。
焦げた風の中で、ミズキは水の刃を振るい、無数の悪魔を斬り伏せる。
だが、群れは尽きない。
その奥に、異様な気配が立った。
――魔王。
視界の端で、世界が揺らぐ。
放たれた黒炎の一撃は、彼女を狙って真っ直ぐ飛来した。
「ミズキ!」
次の瞬間、ハルの背が視界を覆った。
彼の身体が炎に貫かれ、光の粒が舞う。
「……ハル、なんで……!」
膝をついたミズキの手に、彼の温もりがかすかに残る。
ハルは微笑んだ。まるで、冗談を言うように。
「大切なやつを守れたなら……本望さ」
その言葉とともに、魔の光が彼を呑み込む。
残されたのは、焦げたロザリオだけだった。
ミズキは震える指先でそれを拾い上げた。
手の中の金属は、彼の体温を失ってなお、焼けつくように熱かった。
声を出そうとしても、喉が塞がって言葉にならない。
世界の音が遠のき、鼓動だけが耳の奥で響いていた。
「……嘘だろ……帰ってこいよ、ハル……」
頬を伝った涙が、灰色の羽を濡らした。
それでも彼の名を呼ぶことをやめられなかった。
焦げたロザリオを胸に抱きしめたまま、ミズキはただ祈った。
あの人の声を、もう一度だけでも聞かせてほしいと。
――その祈りが届くことは、なかった。
◇ ◇ ◇
「――ふざけるなよ!」
天界の会議室。
白い床に拳を叩きつけ、ミズキは叫んだ。
「ハルを見捨てて、正義が名乗れるのか!?」
神官たちは顔を伏せ、冷ややかに告げる。
「人員は天界防衛に集中している。個人救出に割く余裕はない」
その無機質な声に、ミズキの胸が裂ける。
「どんだけ自分たちが可愛いんだよ……!」
彼女は光の輪を外し、床に投げた。
「ハルを見捨てるなら――私は人間界で強くなる!」
翼を広げ、天界を離れる。
「私一人でも助けるんだ。絶対に!」
◇ ◇ ◇
空の庭を夕日が包む。
沈黙を破ったのは透だった。
「……あいつは、大切なものを失うのが怖くて、お前たちを遠ざけたんだ」
ミズキの影が、街の光に淡く滲む。
「だから言う。ミズキの戦いに、お前たちが関わる義理はない。ここで降りても、引き留めない」
沈黙。風だけが吹き抜けた。
キラが一歩、前に出る。
「僕は……」
唇を噛み、彼は言葉を絞り出す。
「僕は、ミズキを一人にしない。僕たちの戦いにするんだ」
その瞳の光に、他の仲間たちも頷いた。
烈也、颯、大地――誰も引かない。もう、誰も置いていかない。
山道を駆け上がる。霧が濃く、息が白く散る。
ミズキの瞳には、決意だけが宿っていた。
――もっと強く。私が行かないと、誰も救えない。
彼女の耳に、幻のような声が響く。
『お前は強いよ、ミズキ』
「ハル……」
その名を呟いたとき、前方に人影が現れた。
キラたちだった。
「……ロザリオでも返しに来たのか?」
そう呟いた声は、震えていた。
キラは首を振る。
「違うよ。僕たちも強くなる。ミズキを守って、ハルさんとアイリス様を一緒に救うんだ」
烈也が拳を掲げる。
「俺も、大切な家族を守りたい!」
颯が少し照れくさそうに言った。
「お前を守りたいんだ、ミズキ。他の奴らも……まあ、おまけで」
大地が静かに続く。
「俺を肯定してくれた皆を、今度は俺が守りたい」
ミズキは目を伏せ、肩を震わせた。
やがて、笑みがこぼれる。
「……分かった。お前たちが大切なものを守れるよう、この山で鍛えてやる。
私は優しくないからな。覚悟しろ」
仲間たちが笑い、拳を掲げる。
その上空で、灰の翼が朝日に照らされる。
音を立てて、羽ばたいた。
――かつて孤独だった天使が、仲間の声に包まれたとき、灰の翼は初めて光を帯びた。
そして、朝が来た。




