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えとの丘  作者: 雪樹
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二人と一匹で“えとの丘”の前までやってきた。

「ただいま」

「おかえり!未礎兄もなかなかやるね!……“戌”だー!」

一番に出迎えた酉が叫んだ。

「何だよ、やっと帰ってきたのかよ…って、おい」

「もっとゆっくりしてきてよかったのに…うわー!ちっちゃい!」

卯紺と寅之助も出てきて叫ぶ。

「ダメかな、うちに置いちゃ…」

すでに兄弟の手の中をいったりきたりしていた戌吹を見て未礎はいった。

クゥン。

ちょうど卯紺の手の中にいる時、戌吹は鳴いて卯紺を見上げる。

「あ、あの、すいません。私が見つけたんですが、母が動物苦手で…」

アリスは申し訳なさそうに頭を下げる。

そんなアリスと自分の手の中の子犬を交互に見て、卯紺はいった。

「母さん的にいうと、こいつは“戌吹”だな。ちょうどいいじゃねーか。酉も弟欲しがってたわけだし」

「うん!やったね!ありがとう、アリスさん!」

「え、あの……」

勝手に話が進行してしまって、アリスはついていけないでいた。

「ほら、うちの家族は大丈夫だっていっただろ?」

アリスの頭を撫でながら、未礎は小さく笑う。

不安顔だったアリスもやっと笑顔を見せた。

「…うん、さすが兄弟…ね」

未礎と卯紺を見つめながら、呟くようにいう。

『未礎と卯紺さんの発想、まったく同じ。お互いのこと、ご両親のこと、しっかり理解してるのね』

そう思うと自然と気持ちが優しくなる。

「アリスちゃん、せっかくだからお茶飲んでいきなよ」

「いえ、そんな、いつもご馳走になっているのに、申し訳ないです!」

寅之助の提案に、アリスは首を横にふる。

「飲んでいけよ、アリス。俺がいれる紅茶だけど、それでよければ」

「未礎の紅茶、とてもおいしいよ。でも、やっぱり迷惑……」

「じゃぁさ、アリスさんケーキ作ってよぉ!」

「お前“じゃあ”って何だよ」

未礎とアリスで話していると酉と卯紺が会話に入ってきた。

「けど、まぁ、もし時間あるなら、久しぶりにアリスのケーキ食いてーな」

アリスの顔を覗き込みながら、卯紺は楽しそう、もといいたずらにいう。

「時間はぜんぜん平気ですが…、あの、本当にご迷惑じゃ!」

慌て卯紺にいいながら、表情はどこか不安顔。

そんなアリスの前に酉がピョコッと顔をだした。

「いいのぉ?!やったぁ!」

満面の笑みでいった酉は、本当にかわいらしい。

その笑顔にアリスもそっと笑いかける。

「こらこら、卯紺も酉も勝手に決めちゃダメだよ」

困った笑顔で寅之助はいう。

「アリスちゃん、卯紺と酉はあんなこといってるけど、本当に迷惑じゃなければ、お願いしてもいいかな」

「いえ、私は全然迷惑などではなく…!」

「アリス、落ち着いて。寅兄いってること、なんかめちゃくちゃだし…。っていうか、アリスにとって迷惑じゃなきゃ、それでいいんだ」

ポンッとアリスの頭を叩きながら、未礎はそっという。

「うん…。では、お作りしますね。えっと、今回は何がよろしいですか?」

アリスはそっと微笑むと、酉に目線を合わせてそういった。

するとパッと酉の顔が明るく笑う。

「僕、紅茶のシフォンケーキがいい!」

酉がそういってアリスにくっついた。

「おい、酉。人の女に手ぇ出すな」

卯紺が酉の首根っこを掴む。

「紺兄、別に俺達付き合ってるわけじゃないし…」

未礎はため息をつく。

そんなやり取りにアリスは小さく笑っていた。

その笑顔がどこか寂しそうに映ったのは、卯紺の瞳。

『ったく、あのバカ』

未礎の方へ視線を移し、卯紺はそっと呟くように口を動かした。

アリスが厨房へ入ると卯紺は未礎の背を押す。

「おら、テメーはアリスを手伝え」

「わかってるよ、いわれなくても」

「なら、さっさと行け」

どこかつまらなさそうに卯紺はいう。

朝と昼のちょうど間の時間帯。

お客もそこまで多くはなく、落ち着いて過ごすことができる。

だからこそケーキ作りをリスに頼んだのだ。

アリスの横に立ち、粉を篩にかけながら、未礎はため息をつく。

「ったく、紺兄ってば」

「優しいお兄様ね」

アリスが笑顔で応える。

「確かに優しいけど…。…とにかく、作っちゃおっか」

「うん!」

やや複雑そうな表情のままの未礎にアリスは優しい笑みでいった。

『いえないよ、紺兄。どんなに想っていても、俺の一番は家族だから』

そんなことを考えていた未礎を厨房の外から酉が見ていた。

プクーッと頬を膨らませる。

「未礎兄こそ、さっさと告白するべきだよ。アリスさん絶対に待ってるんだから!」

「しょうがないよ、酉。未礎にも何か考えがあるんだから、そっとしておいてあげよう」

「でもぉ」

寅之助が優しく笑うと酉はつまらなさそうに唇を尖らせた。

『……俺達のこと優先してなきゃいいけどな。…まぁ、あいつには無理な話だろーけど』

寅之助と酉の会話を聞きながら、卯紺は未礎とアリスを見る。

仲良くケーキを作る二人の姿に、卯紺はどこかもやもやした気分で表情を歪ませる。

好きあっていることは確実であるのに、互いが互いを想って、あえてそれを口にしない。

いや、できないのだった。

「いつもごめん、アリス」

「私の方こそ、いつもご馳走になって…」

「…いいんだ」

ふと見せる未礎の顔は、どこか切なく儚い。

『俺が謝りたいのは、それだけじゃないからさ』

それを誤魔化すようにアリスの頭を撫でる未礎。

背の高い未礎をアリスは頬を染めつつ見上げた。

未礎の持つその不器用な笑顔や優しさがアリスにとっては何より嬉しい。

何より大切で愛しい。

そっと微笑んだアリスに未礎も笑いかけた。

それからおよそ一時間が過ぎた頃、ようやくケーキが焼けた。

オーブンを開けると空気にのってフワリと紅茶の甘い香りがただよう。

酉の希望通り、紅茶のシフォンケーキだ。

「わーい!やったぁ!」

焼き上がったケーキを見ながら、酉が目を輝かせる。

「お口に合えばよいのですが…」

「大丈夫!アリスさんが作ってくれるのは全部おいしいから!」

不安そうに呟くアリスの横で、酉は早く食べたそうにいった。

「焼き立て、お味見してみますか?」

アリスがそっといって笑うと、酉は目を輝かせて頷く。

パクッと一欠片口にして幸せそうに笑う酉に、アリスも微笑んだ。

と、寅之助がひょっこり顔を出す。

「それじゃあ、ちょっと休憩しようか。ちょうどお客様もアリスちゃんだけになったし」

穏やかな笑顔でいうのは寅之助だ。

「フツー客にケーキ作らせねーよ」

そんな寅之助に呆れ顔なのは卯紺。

「はぁ…」

もはやため息しかでないのは、いうまでもなく未礎だった。

四兄弟の言葉にアリスはクスクス笑う。

それぞれの性格がかもし出すこの雰囲気。

優しく温かい。

「本当にごめん。アリスはもう座ってていいから」

「手伝うわ」

「いいから座っとけって。これ以上迷惑かけたくないんだよ」

「……うん、わかった」

アリスはいって困ったように笑った。

未礎の性格をよく知っているからこそ、これ以上はいわない。

「アリス、こっちこい」

卯紺がそういってイスを引いた。

「え、あの…」

「どうぞ!アリスさん座ってください!」

酉がアリスの手を取り、卯紺の元へエスコートする。アリスは戸惑いつつ、椅子にかけた。

タイミングよく、卯紺はスッと椅子を押す。

「あ、あの…ありがとうございます。……すいません」

「謝ることないよ」

寅之助が優しく微笑んだ。

その後ろから未礎がポットと人数分のカップを運んでくる。

「お待たせ。はい、アリスの紅茶」

「ありがとう」

紅茶の水面に小さく映る自分の顔。

どこか哀しそうに見える。

『ダメ、隠さなきゃ…。私の気持ち…みんなに気付かれないように…。…これは私のわがままなのだから…』

兄弟にもカップを配る未礎に、アリスは小さく笑みをこぼす。

「未礎のいれてくれた紅茶飲むの久しぶりだね」

「未礎はたまにしかいれねーからな」

「未礎兄のいれた紅茶すごく美味しいんだよね!僕大好きなんだ!」

酉がアリスにそういって笑って見せた。

「…私も…大好きです」

それに応えてアリスも笑った。

『好きなのは紅茶だけじゃないのに。アリスさんは未礎兄のことを気遣ってその気持ちを隠してるのかな。そんなの…間違ってるよ。……なんて口に出したら、紺兄がキレそう…』

酉はそんなことを考えながら、微笑むアリスを見つめた。

「酉」

「うあ!はいっ!」

未礎に急に呼ばれた酉は焦って返事をした。

「何キョドってんだ?」

そんな酉に卯紺は呆れぎみに聞く。

「な、なんでもない!それより、何未礎兄?」

「ケーキ取り分ける皿、用意してくれる?」

「あぁ、皿ね!うん、了解!」

何か誤魔化すように笑って皿を取りに行く酉に、未礎はふと不思議に思った。

けれど、深くは考えない。

というよりは、軽く感付いていた。

あえて何も聞かずに、未礎は丁寧にケーキを切り分ける。


「おいしー!」

「ホント、美味しいね」

「アリスには才能があるんだ。中学卒業したら、ここでバイトしろよ。アリス目当ての客が増えるぞ」

卯紺がそういっていたずらな笑みを見せた。

「こーんーにーいー。頼むからアリスに迷惑かけないでくれ」

アリスのケーキを食べながら好き勝手にいう卯紺に、未礎はため息混じりにいう。

「何だよ、未礎。お前だって嬉しいだろ?」

「…それは」

未礎はいいかけてやめる。

嬉しくないわけがない。

ただ、それは素直に口に出してはいけない気持ち。

卯紺は未礎が考えていることを察しつつ、なんとも複雑な表情で未礎を見る。

「私が高校生になって、その時皆様が必要としてくださったなら、私は喜んでお引き受けします」

未礎と卯紺を見てアリスは微笑む。

『迷惑だなんて。私は嬉しい。未礎の傍にいられるのだから』

そっと未礎のいれた紅茶を口に含む。

広がるのは、優しいフルーツの香り。

それはアリスの一番好きなフレーバーだった。


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