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店の扉が開いた。
「いらっしゃいませー」
酉がすぐに出ていく。
「そろそろ帰るわ。お邪魔になっちゃうし。蜜柑、行くわよ」
「…うん」
「いつもありがとう。酉ー、蜜柑ちゃん帰るよー!」
寅之助の言葉に酉は振り返った。
「ありがとうございましたっ!」
ぶっきらぼうに、しかし端から見ればとても可愛らしく、酉はいって目を逸らす。
『…ったく、もう』
そんな酉に蜜柑はため息をついて駆け寄る。
「酉!私がいつだって傍にいるんだから!何かあったら私が助けてあげる!」
「んなっ!?僕は大丈夫だよ!」
「私にはわかるをだから!酉のバーカ!じゃあ、またあとでね!」
蜜柑はそういって桃に着いて出ていった。
「何なんだよ、あいつ。…ん?またあとで?」
後ろ姿にポツリと呟いて、酉は首を傾げる。
けれど、その表情は優しい。
「ったく、酉のヤツ素直じゃねーなぁ。好きなら好きっていっちまえばいいのによ」
厨房から卯紺がいう。
「そういう紺兄こそ。紺兄が一番素直じゃないと思うけど」
「いったな、未礎。テメーこそ、さっさと告ったらどうだ」
「俺は別に…。“あいつ”が幸せなら、それでいい」
未礎はいってどこか切なそうに両親の写真を見つめた。
「未礎の良いところで、悪いところはどこでしょう」
突然寅之助が出てきていう。
「真面目すぎ、無愛想、笑わなさすぎ、女の子つれてこない、それから…」
「…ちょっと、紺兄。それ何か違う気がする…」
卯紺がいったことに、未礎は呆れ顔でいう。
「でも、やっぱ一番はあれだな」
「あれ?」
「他人のことに気を配りすぎ」
「ピンポーン!」
寅之助が人差し指をたてて笑った。
「卯紺のいう通り。少しは肩の荷をおろしてね。それも大事な事だよ?そうそう、せめて俺達兄弟の事に関しては、未礎自身を優先していいんだよ」
寅之助がぽんと未礎の頭を叩いた。
「別に兄さん達に気をつかってるつもりはないんだけど、っていうか俺が朝起こさないと、誰も起きてこないじゃないか。他にも、俺がやらなきゃ誰もやらないことだってあるし…しかもたくさん…」
「まーなぁ。……やっぱ、名前ってスゲーな」
「…はぁ?」
いいながら卯紺は未礎の顔を見た。
突然話が変な方向へ変わって、未礎は寅之助を見る。
「そっか、まだ未礎には話してなかったっけ。俺達の名前の由来」
「え、俺知らないよ、そんなこと」
未礎がいうと、寅之助と卯紺は笑い出す。
「まずいっとくけど、未礎以外は母さんが名付け親。未礎だけは父さんがつけたんだ。何でかわかるか?」
「わかるわけないよ。このこと酉は知ってるの?」
「いや、たぶん知らないよ。うーん、そうだね、父さんと母さんの性格を一言でいうと?」
「え?母さんは明るい…っていうかおてんばかな。父さんは頼りになる、しっかりした人だよ」
「そうそう。俺と卯紺、それから酉が母さんなのはちゃんと理由があってね、俺の“寅之助”は寅年生まれだからっていうのと、“寅年の男の子は強い名前にするんだ!”っていう母さんの言葉で付けられたんだよ。それから卯紺は…」
「俺のも卯年生まれだからと、響きがいい“紺”の字の組合せ」
「酉は、上三人が十二支に違う文字をまぜたから、今回は一文字“酉”でいくぞって」
寅之助と卯紺は懐かしそうに話す。
「……それで、結局俺は何なの?父さんが名付けたって、何か理由があるの?」
未礎が聞くと再度二人はクスクスと笑った。
「それがさ、俺ら二人の性格があまりにも頼りなさ過ぎて、名前と合ってないことに気付いたらしいんだ」
「そこで父さんが未礎の名前をつけた。俺達兄弟の“礎”となってくれるように。もちろん、兄弟共通の十二支は入れたけどね。そんで今、未礎がちゃんと父さんの想いを受け継いでいるんだ」
幼い頃から天然だった寅之助、しっかりはしていたが、何をするにもてきとうな卯紺。
そして三男目の未礎が、その二人、そして弟を支えているのだった。
「だからほら、よくいわれんだろ?未礎は父さん似だって。顔は四人とも父さんと母さんバランスよく似てるって感じだけど、性格はな」
「間違いなく、みんな母さんと父さんの子供だけどね。って、それはいいとして、だから未礎は頑張りすぎないようにってことだよ。もっと俺達を頼っていいんだからさ。ね?」
「…ありがとう、寅兄紺兄。…ところで酉は?」
ふと気が付いて見ると、長々と三人でしゃべっていた。
酉の姿が見えない。
「ごめん酉、一人でやらせて…。……どうしたんだよ、アリス」
急いで酉の所へ行くと、そこには一人の少女が立っていた。
少し色素の薄い綺麗な栗色の長い髪と特徴的な綺麗な翡翠の瞳。
少女、本塚アリス。
未礎の同級生でイタリアと日本人とのクォーターである。
何やら話す二人の姿を卯紺は見守る。
「未礎の彼女も来たのかい?」
「みたいだな。…って、お前いつまでいんだよ」
「何だい、私がいちゃマズイのかい?」
「あのなぁ…」
ひょっこり顔を出した李杜夢に卯紺はいう。
と、その時、未礎がエプロンをはずして酉に何かいうと、上からカーデガンを羽織り、アリスの手をつかみ外へ歩き出した。
「オイ、酉。未礎のヤツ何だって?」
「んー、詳しくはわからないけど、アリスさん困ってたみたい…。とにかくちょっと抜けてくるってさ!未礎兄もやるぅ!」
そんなことをいいながら、酉は未礎の出ていった方を見て笑った。
「まぁ、少し自由になってくれた方がいいんだけどな。…っていうか、二時までには帰ってくるんだろうな」
「それは大丈夫だよ。なんだかんだいっても、未礎は結局俺達家族を優先にするんだから。本当にもっと自由にしていいのに」
寅之助は優しくいって微笑んだ。
その頃、未礎はアリスの手をとったまま、近くの公園へ来ていた。
「どこにいるんだ?」
「…こっち。ごめんなさい、未礎はお店の手伝いがあるのに、私…迷惑ばかり…」
「アリスの悪いとこは、すぐ謝ることだよ。俺、迷惑だなんて思ってないし、逆に嬉しいんだ。アリスが頼ってきてくれること」
未礎は静かに微笑んだ。
笑うことが苦手な未礎の本当の笑顔。
「私も嬉しいん。未礎が笑ってくれると」
そういってアリスも笑う。
少しだけ頬を赤らめて、優しく穏やかな笑顔。
アリスは本当に静かな女の子だった。
一年前、未礎のクラスに転入してきたアリス。
未礎としては、どうにも放っておけない感じがして、世話をやいてしまう。
それと同時にアリスの前でだけは、素直に笑う事ができた。
アリスの前でなら、心が解放された感じだった。
この気持ちをなんと呼ぶべきか、未礎にはまだわからない。
「…この子なの」
アリスがそっと茂みをかきわけると、そこには段ボール箱があった。
未礎は近付いて覗き込んでみると、その中で何かがモゾモゾと動く。
「うわ、まだ小さいじゃん。……可愛いな」
未礎の手に抱き上げられたそれは、耳がチョコンとたれて体は黒だが手足の先が足袋をはいたように白い、小さな仔犬。
未礎の表情はまた優しく笑っていた。
『未礎、犬大好きだもの。それに誰にでも平等に優しくて、未礎のそんな笑顔大好きだよ?』
「お前、うちくるか?」
「え、でも、未礎、お兄様達が…」
「平気だよ。家族みんな動物好きだし、それにお前も家族欲しいよな」
仔犬はクゥと鳴いた。
まるで、未礎に応えるように。
「未礎……」
「何、しょぼくれてんだよ、アリス。まぁ、だいたい予想はつくけど。アリスが気にすることないって何度もいってるだろ?」
未礎は片手で仔犬を抱えて、もう片方の手でアリスの頭をポンッとたたく。
「ほら、帰ろう」
「うん」
未礎とアリスは並んで歩き出した。
“えとの丘”に帰る途中、二人は仔犬の名前を考えていた。
「“戌”だろ?俺達兄弟にはいないから、母さんならきっと……“戌吹“…だろうな」
未礎はクスッと笑う。
「うん、ピッタリ。“えとの丘”の新しいメンバーね」
アリスもつられて笑った。
仔犬、改め戌吹もアウッと鳴いた。