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えとの丘  作者: 雪樹
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三人家族が帰ると、店内は四兄弟と香野姉妹だけになった。

「寅兄、お皿洗いは僕達でやるよ?」

「他にお客様もいないし、桃さんと話でもしてなよ」

「でもぉ…」

「でもじゃねーよ。早く行けっての。寅兄を待ってんだから」

半ば追い出されるような形で厨房から放り出された。

「寅ちゃん?お仕事は?」

「それがぁ」

「一通り終わりましたので、あとは大丈夫ですよ」

「桃達はゆっくりしてろ」

声だけが飛んでくる。

桃はクスクスと笑う。

つられて寅之助も笑った。

「本当に素敵な弟さん達ね」

「蜜柑ちゃんには負けるかな」

いつの間にか、桃の隣にいた蜜柑の姿は消えていた。


「優しいね、蜜柑ちゃん」

未礎がそっといった。

「ったく。オイ、酉。ボケッとしてるといつか取られちまうぞ」

卯紺も続く。

「何いってるのさ、紺兄!」

すかさず酉の顔が赤くなる。

当の蜜柑はそれに気付かぬふりをして未礎の皿洗いを手伝った。

『…蜜柑ちゃんだって早く気付いてほしいよね』

未礎は静かに微笑んだ。

「ごめんね、いつも来てくれるたびに手伝ってもらって」

「いえ、いいんですよ!未礎君や卯紺さんの力になれるのでしたら、何でもやります!」

「そりゃ、助かるな。高校に上がったら、ここでバイトすっか?」

「えぇ!いいんですか?!」

「ダメ!絶対ダメ!」

卯紺の突然の提案に酉は焦りまくりだ。

「何だよ、本当は嬉しいくせによ」

『そりゃあ、嬉しくないっていったら嘘になるけど…っていったら、お兄ちゃん達余計にからかってくるだろうし』

そんな風に考えていると、未礎が横からいった。

「紺兄、あんまり酉をいじめちゃダメだよ」

「ったく、未礎は酉のこと心配しすぎなんだよ」

「うん。でも大丈夫。紺兄のことは心配してないから、これっぽっちも」

未礎は皿洗いを終え、手をふく。

と、店の戸が開いた。

「いらっしゃいませー!」

酉が慌てて出ていくと、そこには一人の女性が立っていた。

李杜夢りずむさんじゃないですか!」

「おぉ、酉の出迎えなんて、久し振りだね」

この女性、柳葉李杜夢やなぎはりずむは卯紺と同い年。

なんというか、女性というより、下手すれば男性よりたくましいかもしれない。

「何だい、酉の彼女と寅君の彼女も呼ばれたのかい?あれ?未礎の彼女は?」

「李杜夢さん、“アイツ”は俺の彼女じゃないですよ」

未礎は苦笑いして出てきた「そうかい?でも好きなんだろう?」

李杜夢はいって未礎の頭を撫でる。

未礎はそんな李杜夢に小さく笑いかけた。


「卯紺さん、いいんですか?」

「何が?」

「だって、彼女さん来たみたいですよ?」

「彼女…ねぇ。俺ならアイツよりもっと女らしい彼女がいてもおかしくねーのになぁ。何でよりによってあんなガサツな女に…」

「誰がガサツだって?!」

卯紺の声に反応して、李杜夢が厨房に顔を出した。

李杜夢と目が合った卯紺は、小さく溜め息をついた。

「何だい、そね溜め息は!」

キッと李杜夢が卯紺をにらむ。

そんな李杜夢に卯紺は誰も気付かないくらいに小さく笑う。

『一番のアホは…こんな女に惚れちまった俺…なんだけどな』

珍しく優しい表情を見せた卯紺。

もちろん、たった一瞬だ。

すぐにいつもの調子に戻る。

「んで、来るの早すぎやしないか。俺に早く会いたいからとか?まさかなぁ、お前に限ってそんなことねーか。そんな可愛らしいことするなんて、なぁ?」

「何が“なぁ”だよ。…会いたかったのさ、卯紺に。別にいいだろう、たまには…」

「…李杜夢…」

「………なんていうと思ったか、バカたれ!」

李杜夢はいって、“ベーッ”と舌を出した。

そしてニッとイタズラに笑って見せる。

「テメー、マジ可愛くねーんだよ!」

二人の間で勃発した口喧嘩に、未礎は小さく溜め息をついた。

『…相変わらずだなぁ…』

「紺兄だって結局好きなんじゃないか。…ねぇ、未礎兄」

「ん?どうしたんだよ、酉」

「…僕にも見つかるかなぁ。僕だけの家族…」

「酉…」

両親の写真に目を向けた酉の顔はとても寂しそうで、未礎はそんな酉の頭を軽く叩いた。

「大丈夫、ちゃんと見つかるよ。酉だけの大切な家族が、見つかる。きっとそれは、酉のすぐそばで…」

「…そうだといいなぁ。だって家族は増えていくから楽しいんだよね!減るんじゃないよ…増えるんだよ…」

『酉…』

未礎はチラッと蜜柑を見た。

蜜柑は小さく微笑んで、酉に駆け寄る。

『…家族…か。そうだね、増えていくのは嬉しいことだね。…父さん、母さん…』

ふと両親の写真に目がいく。

写真の中で両親は笑っている。

四兄弟の両親はすでに他界していた。

二年前、テレビの取材で出掛けていった帰り道、横断歩道にトラックが突っ込み、五名の命が奪われ多数の負傷者が出た。

その中に四兄弟の両親が入っていたのだ。

『あの事故で俺達のように両親を亡くした男の子…あれから、どうしてるだろう。俺には兄弟がいてくれるけど…あの子は独りぼっち…』

ふと未礎は思う。


病院に駆け付けた時に廊下で声を押し殺して泣いていた小さな男の子。

男の子自身、顔や腕などに治療の痕があった。

『…あぁ、この子も…』

未礎はそっと自分の羽織っていたパーカーをその男の子にかける。

「病室に戻ろう」

すると男の子は首を横に振って答える。

「…もう、お父さんもお母さんも帰ってこないのに、“りお”まで僕のことわからなくなっちゃうなんて…。“りお”も僕の前からいなくなっちゃう…」

こらえていた声が涙とともに溢れだし、その男の子は未礎に抱きついた。


『…今もまだ、泣いているのかな。…兄弟じゃなくてもいい。寅兄や紺兄のようにあの子を守ってくれる人がいてくれたら…』

事故の後の寅之助と卯紺の言葉を未礎は忘れない。



『弟達は俺が守っていく』

その頃十八歳だった寅之助がいった。

寅之助はもともと家を継ぐつもりだったため、料理の専門学校への進学が決まっていた。

卯紺もまた働くことができる年だ。

この二人だけなら、なんとか自立もできただろうが、未礎と酉は別だ。

この二人は遠い親類のところで、別々に暮らすことになってしまう。

それを寅之助は嫌がったのだった。

寅之助だけではない。

卯紺も未礎も酉も同じ気持ちだった。

『そんなことできるものか!』

見たこともないおじさんがいう。

『俺達家族のことは、俺達でなんとかする。悪いけど弟達はやらないからな』

卯紺がいって寅之助に視線を送る。

『心配して下さっているのはわかります。ですが、大丈夫です。俺が一年で勉強してこのレストランを…“えとの丘”を再開します。それまでの間は俺がバイトして稼ぐし、預金もまだあるのでなんとかなります』

『寅兄だけじゃない。俺もバイトして、専門学校いって手伝うしな』

二人の意志は頑なで、その姿を横で見ていた未礎と酉は互いに顔を見合せ頷いた。

『俺も一生懸命手伝うよ。だから…』

『僕達はお兄ちゃんと一緒にいたいよ!だって僕達は家族なんだから!』


その後は相当もめたらしい。


それでも四兄弟は離れることなく、一緒に暮らせるようになった。




『あの時の寅兄と紺兄、凄くかっこよかった。俺と酉のことを守ってくれた。今も…』

四人で一緒に暮らすのは生半可な覚悟ではなかった。

寅之助は誰かの力を借りる訳でもなく、最初の一年をバイトと学校とで過ごし、最短で資格を取った。

そして、ある程度の準備を整えると、“えとの丘”を再開した。

料理の腕はかなりのもので、すぐに噂は広がった。

それから卯紺も加わり、今に至る。

もちろん、その影には未礎と酉だけでなく、桃や李杜夢が支えていたのだ。



「…じゃあ、やっぱり…」

「あぁ、せめて未礎と酉が自由に自分のやりたい事ができるようになるまでは、俺が守るって決めたから…ごめんな、桃」

「寅ちゃんらしい。私の大好きな寅ちゃんだ。うん、私は待ってるよ」

寅之助と桃の左手薬指にはリングが光る。

「…どうせあんたも寅君と同じなんだろ?」

「…あぁ。……悪い」

「卯紺が素直になるなんて、どういう風の吹きまわしよ。…安心しな。あんたが他の女のとこにいかない限り、私はずっと待ってるから。私はどこにも行かないよ」

それぞれの想いはあまりにも儚げなものだった。

寅之助と卯紺の二人は、未礎と酉が自立し自分のやりたいことをできるようになるまで、一緒に暮らすと決めていた。

しかし、それは桃や李杜夢を待たせるということだ。

そのことがどうにもやるせないでいた。

酉は二人の兄の心情を知らない。

どんなことが起きても家族は一緒だと、そう信じていた。

けれど未礎は違う。

兄の気持ちをちゃんと知っている。

だからこそ、未礎は自分が高校に入ったら、寅之助と卯紺を自由にしてあげたいと密かに思っていた。

『いつまでも一緒にはいられないんだよ、酉。それぞれの道を歩いていかなくてはいけないから』


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