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えとの丘  作者: 雪樹
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朝八時。

“えとの丘”の開店だ。

酉が店の看板を出し、ドアに掛けてある札を“close”から“open”に返す。

「いらっしゃいませ!」

酉が明るくお客を迎える。

土日だけは朝八時から朝メニューで店を開けている。

兄弟を幼かった頃から知っている近所のおじさんおばさんはまるで我が子を見守るように、朝も早くからやってくる。

「おじさんは、いつものセットでいいんだよね?」

「おぉ!何だぁ?今日は末坊がオーダーとるんか?」

カウンターに座ったこのおじさんのいう“末坊”は酉のことだ。

「うーん、何かねぇ、未礎兄朝から疲れちゃったの」

「何だぁ?またお前らなんかやらかしたのかぁ?」

そんなことをいいながら、おじさんは大口を開けて笑った。

「お待たせいたしました。セットのコーヒーでございます」

と、セットのコーヒーを持って未礎がくる。

「なんだ、ちゃんといるじゃねーか!いやー、お前も大変だなぁ!」

未礎がちゃんといるのを見ておじさんがいった。

「ごゆっくりどうぞ」

「おい、未礎。いくら昔からの馴染みだからって、もうちっと愛想よくできねーのかよ」

卯紺がいって顔を出す。

「いんだいんだ!未礎、気にすんなよー、あんな兄貴のいうことなんか!」

「ハハハ…」

未礎は無器用に笑うことしかできない。

「卯紺と酉と未礎を足して三で割ったらいいかも」

ヒョッコリと今度は寅之助が顔を出した。

「ブリッコの未礎に、真面目な卯紺に、自己中な酉。うん、変だね!」

寅之助の言葉に三人はそれぞれ反論した。

「真面目になんかやってられるか。気楽に生きたもんが勝ちだ。未礎は真面目すぎだしな」

「うるさいよ紺兄。それに余計なお世話だよ。ブリッコは酉だから大丈夫なんだ。俺には無理な話だよ」

「確かに未礎兄には無理かも。僕みたいに可愛くないとね!それと僕は自己中なんかじゃないからね!」

そういいながら三人の視線は寅之助のもとへ集まった。

「…まぁ、一ついえるのは」

「寅兄の天然だけは」

「欲しくないよね」

「俺、天然じゃないよ?あ、でも、どんなに頑張っても自分は自分だもんね、うん!」

自分から持ち出した話題を勝手に納得して終結させた寅之助に残る三人の弟はため息をつく。

「ねぇ、未礎兄?どうして寅兄は自分が天然だって気付かないの?」

「いや、どうしてって俺に聞かれても…」

「そんなもん決まってんだろ。気付かないのが天然なんだよ」

「だからぁ、俺は天然じゃないってば!」

兄弟のやり取りにおじさんがまた笑う。

と、扉の開く音がした。

「いらっしゃいませー!」

酉がタタタッと駆けていき、客を迎える。

今度は近所に住む三人家族がやって来た。

まだ五歳の女の子は酉にとてもなついていて、店に入るなり抱きついて挨拶だ。

「うわー!久しぶりだね!」

「酉お兄ちゃんに会いにきたのよぅ!」

「本当に?ありがとう!」

キャッキャッとはしゃぐ酉と女の子の横で両親は微笑んでいた。

「お席のご用意ができました。どうぞ」

「いつもありがとう、未礎君」

「いえ、そんな。ご注文はどういたしますか?」

「久々だし、寅之助君と卯紺君に任せるよ」

「かしこまりました」

未礎が丁寧に退くと、それに代わり酉が女の子を座らせた。

「酉君もありがとう。この子本当に酉君が好きなのね」

「僕も大好きだよ!」

「あたし、酉お兄ちゃんとケッコンするのぅ!」

「え?!パパ寂しーぞ!」

酉はこの家族が大好きだった。

絵に書いたような“幸せな家族”。

酉はレジの所にある両親の写真に目をやる。

穏やかに微笑む両親。

『もうあの頃は戻ってこないけど、僕ら家族はいっぱい幸せをもらって生きてるんだよね。母さん父さん』

「お兄ちゃん?」

「あ、ごめん!…あと十年くらいして、それでも僕を好きでいてくれる?」

「うんっ!」

「じゃあ、僕待っていようかな!」

酉は笑う。

中性的なその容姿に似合う、可愛らしい笑顔で女の子の相手をする。

「酉も好きだな、あの女の子」

卯紺が厨房から覗いていう。

「違うよ。あの家族のことが好きなんだよ、酉は。確かにあの女の子のことも好きだけどね」

寅之助も優しい表情で応えた。

すると、また店の扉が開いて人が入ってきた。

「あ、いらっしゃいませー!」

「ほら、酉君もお仕事あるんだから、おとなしくしてなくちゃダメよ」

母親が女の子をそうたしなめた。

「また今度遊ぼうね!」

「約束よぅ?」

「うん、約束!」

小さな手が酉の小指に触れる。

触れたその手を、そっととって酉は笑顔を向けた。

それから新しく来たお客さんの方に向かう。

「お待たせしましたー!二名様ですね…って、桃さん!…と蜜柑」

「なぁに、その態度!私だって一応お客さんなんだけど!」

「お客様?また僕への嫌がらせだと思った!」

「何ですって?!」

「こらこら、蜜柑。ご迷惑になるわ」

「お席の用意できましたよ、桃さん、蜜柑ちゃん」

未礎が出てきて“彼女達”にいう。

彼女達もいわゆるご近所さんで、四兄弟とは幼馴染みだった。

彼女達、香野桃と妹の蜜柑。

桃は寅之助と同い年であり、中学生時代からの恋人だ。

妹の蜜柑は酉と同い年で、今は同級生記録を更新中だ。

それというのも、酉と蜜柑は幼稚園の頃から一度も違うクラスになったことがないのだ。

これを腐れ縁というのか、そのせいか二人は喧嘩ばかりしている。

喧嘩する程仲がいいという言葉がピッタリの二人だ。

結局のところ、良くも悪くも互いを理解しあってるのは確かだ。

「寅兄、呼んできましょうか?」

未礎はイスに座った桃にいった。

「ありがとう未礎君。でも寅ちゃん、お仕事あるからいいわ」

「そうですか?あ、いつものブレンドでよろしいですか?」

「えぇ」

桃は静かに笑っていう。

「蜜柑ちゃんは紅茶でいいのかな?」

「はい!あの、できれば未礎君にいれてほしいです!」

「かしこまりました」

未礎が無器用に笑って奥へ引っ込むと、酉は蜜柑をどついた。

「いったぁ!何すんのよ、バカ!」

「未礎兄の前でだけ可愛くしようなんて無駄だよーだ!諦めた方がいいんじゃないの?」

「酉には関係ないでしょー!!」


「…またやってるぞ、あの二人」

「あはは、仲のいい証拠だよ。さてと、桃はブレンドで蜜柑ちゃんはまた未礎に頼んだみたいだね」

卯紺と寅之助は厨房で話していると未礎が入ってきた。

「オイ、未礎。あいつら止めてこい」

「俺が出ていくと酉が嫌な想いしちゃうよ。酉はあれで鈍いから、蜜柑ちゃんの本当の気持ちに気付いてないんだ」

いいながら、未礎は紅茶をいれる。

「つまり、それは遠回しに俺に行けっていってんのか?」

「その方がいいっていってるんだよ。二人のためにもね。はい、蜜柑ちゃんの紅茶」

「それと桃のブレンドも」

「ちっ、めんどくせー」

そういいながらも、紅茶とブレンドコーヒーを受け取り、卯紺は香野姉妹と酉のもとへ向かう。

「お待たせしました」

「あら紺君。未礎君に頼まれたのね」

桃は小さくいった。

「まぁな。あいつは色々と敏感だからな」

コトッとカップを置く音でやっと言い合っていた二人が卯紺の存在に気付いた。

「あれ?何で紺兄が運んでるの?未礎兄は?」

「未礎は今会計やってるんだ。オメーがいつまでもサボってるせいで、俺までウェイターやってんだよ」

「だって、蜜柑が!」

「酉、いくら幼馴染みとはいえ、女の子のせいにするなアホゥ。本当のかっこよさはそこにある」

「何それ!いいもん!僕はかっこよさより可愛さだもん!」

「へいへい。まぁ逢い引きも程々にして仕事に戻れよ」

「あ、あ、あい…びきぃ?!何いってるのさ、紺兄!」

ヒラヒラと手を振りながら、卯紺は厨房に戻っていく。

「やっぱり卯紺さんの方が一枚も二枚も上手ね。酉じゃまだまだ勝てないってことよ!」

「蜜柑はいつも一言多いんだよ!」

いって酉は未礎の所へいって場所を代わった。

最初に来たおじさんが会計をすませて帰っていった。

それから少しして三人家族も帰っていく。

帰り際、女の子は寂しそうに酉を抱きしめ、何度も振り返りながら歩いていた。


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