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目覚ましの音が響く。
時計の針は6時をさしている。
『今日は日曜…か。準備しなくちゃ…』
まだ眠い目を擦りながら、最初に起きたのは三男の未礎だった。
高原家は一階が“えとの丘”のレストランになっていて、二階三階は住居として使っている。
着替えを済ませ、未礎は一階に降りるとレジに近付く。
「おはようございます。父さん、母さん」
穏やかに笑う未礎。
そこに飾られている一枚の写真。
その写真は、四兄弟の両親が写ったもの。
そっとそれに触れる未礎の表情が穏やかなものから、難しい顔に変わる。
「…遅い…」
この時間、本来なら兄弟四人で支度をするというのに、残り三人が起きてこない。
「…はぁ」
ため息しか出てこない。
未礎は仕方なくもう一度三階に戻り、順番に兄弟を起こすこととなる。
そもそも、四兄弟の中で一番しっかりしているのが未礎だった。
そして、三階に着くと長男である寅之助の部屋へ向かう。
扉をノックしても、返事はなく起きていないことがわかる。
迷うことなく部屋へ入り、未礎は寅之助を揺すった。
「寅兄、朝だから起きてよ」
「んー?まだ暗いよ、真っ暗」
もぞもぞと布団が動く。
「…お願いだから朝から変な事いわないでよ。布団かぶってれば、そりゃ暗いよ」
「えー?あ、本当だ、おはよう未礎」
やっと布団から顔が出てくる。
「おはよう。ほら、俺紺兄と酉起こしてくるから先に支度してて」
「了解しましたぁ」
長男の寅之助は名前に似合わず、かなりマイペースでたまにわけのわからない天然が飛び出す。
それでいて、一応は“えとの丘”のオーナーであり、腕利きの料理人でもある。
未礎が部屋から出ていき、寅之助も支度を済ませると、一階のレストランまでおりていった。
そして開店の準備や料理の下準備をするために厨房へ入る。
「っと、そうだ」
いって一度レジまで戻った。
「おはよう、母さん、父さん。今日も美味しく作れるよう頑張るよ」
寅之助は優しく微笑み、再び厨房へ入った。
その頃未礎は四男の酉を起こしに行っていた。
「ほら、起きろって」
「もう少しだけ寝かせて!お願い、お兄ちゃん!」
可愛らしく布団の中でいう四男酉。
それに対して、一つも表情を変えずに布団をひっぺがす。
「…俺には通用しないって何度もいってるだろ?家族以外の人間にしかそのブリッコは効かないよ」
「ちぇ。いいじゃん、少しくらい」
「はいはい、起きて寅兄の手伝いにまわって」
未礎に促され大きく伸びをしてから、酉は身支度を済ませ寅之助のもとへ向かった。
「おはよう、母さん、父さん」
先の二人のように、酉も写真の両親にいった。
未礎は最後に次男卯紺の部屋へとやってきた。
布団から出ていた腕を叩く。
「紺兄、起きてよ。寅兄だけじゃ、必ず余計なことやらかすら…」
そういいかけた時だ。
一階から何かが崩れ落ちるような物凄い音がした。
「ほら、いってるそばから…」
太陽の眩しさに腕で目を覆って、卯紺が起きた。
「あー、めんどくせーな。寅兄を先に起こすからだ。未礎、先にいって片付けとけ」
そう未礎にいう卯紺。
「…なんていって、二度寝したらダメだからね、紺兄」
「……へいへい」
未礎にはすべてお見通しで、卯紺は起きざるを得なかった。
卯紺がちゃんと起きたことを確認して、一階におりた未礎の目に入ったのは、兄弟の中で一番背の低い酉が必死に高い位置にある戸棚を必死に押さえる姿だった。
「あ!未礎兄!助けて!」
「な、な、な、何やったんだよ、寅兄!」
「いいから早く助けてよー!」
「あ、あぁ」
背伸びして耐えていた酉に代わりに、長身の未礎が棚を押さえる。
「腕疲れたぁ」
酉が手を振りながらいう。
「それで、酉。いったいどうしてこういう状態になったんだ?」
「僕もよくわかんないよ!僕の担当は店内の飾りつけなんだから!そしたら寅兄がいきなり!」
酉が視線を足元へと移す。
同じように未礎も見ると、そこには寅之助が倒れていた。
「……またですか、寅兄…」
日常的にはあまり使わない調理器具の下敷きになる寅之助に未礎はいった。
戸棚の留め具が寅之助の横に転がっている。
酉にそれをとってもらうと、未礎はしっかりととめると床に散らばる道具を流し台に置いて、ため息をつく。
「寅兄、掃除は俺の役目だからいいっていつもいってるじゃん」
ホウキを握りしめて倒れている寅之助に手を差し伸べる未礎に、寅之助は情けなく笑う。
「だって、未礎は卯紺や酉起こすので忙しそうだったから代わりにと思って…」
「代わりにやろうとして余計なことしてちゃなぁ。どーせ、またホウキでも振り回して留め具が取れたんだろ」
支度を済ませた卯紺がいつの間にか厨房の入り口にいた。
「…おはよ、父さん、母さん。寅兄がよけーなことやらかさないように、ちゃんと見とけよな」
卯紺もまた、その場からも見える写真にいう。
そして穏やかに笑っていた。
「…さてと」
卯紺が呟くようにいって、厨房を見る。
「どうすんだ、未礎。朝飯はお前の担当だろ」
「朝御飯の前に片付けだよ。寅兄も紺兄も料理できるんだから、自分等で作って食べててよ」
テキパキと片付けをしながら未礎がぼやく。
「俺も寅兄も洋食専門。朝は絶対和食だ」
「紺兄ってば、また文句いってるし」
酉がいう。
「そうだね、朝はやっぱり和食かなぁ。未礎は俺達と違って和食専門だもんね」
「誰の性でこんなドタバタしてると思ってるのー?」
「とにかく、俺が片付けるから寅兄と紺兄はこの状態で準備できることして。酉はお店の飾りつけを続けて。片付け終わり次第朝食は作るから」
ため息をつきながらも、指示を出して兄弟を動かす。
「了解」
「はーい!」
「………」
「…紺兄」
「へいへい」
それから小一時間して、朝食ができあがった。
「あー、食った食った」
「やっぱり未礎兄のご飯はおいしいね」
「未礎が料理学校出たら、和食メニューも加えようね」
「いいから片付けてよ。いつもより準備遅れてるんだから…」
皿を下げながら未礎がいった。
と、未礎が一度立ち止まり酉に向き直る。
「…酉、そのうち料理教えるよ。今日みたいなことにならないように」
「えー?!いいのー?!やったね!」
キャッキャとはじゃく酉に、未礎は穏やかに小さく笑った。
が、その表情が卯紺の一言に一変する。
「あ、お前ら今日は絶対出かけんなよ。特に二時から四時の間」
突然の卯紺からの命令に、未礎は嫌な予感がしてならなかった。
恐る恐る「…何で?」と聞き返す。
「雑誌の取材。兄弟四人でいる時にって頼まれてっから」
シラッという卯紺に未礎は青くなる。
「二時から四時って一番お客さんが多い時間なのに…どうしてそんなことになってるわけ?」
「あ、わかった!紺兄ってば女の子が多い時間をわざと選んだんだー!」
「おー、よくわかってんじゃん酉。とにかく、そういうわけだから」
「まったく、卯紺ってばー」
いいながら笑う寅之助。
少々天然でおっとりした長男、寅之助。
自己中心的な次男、卯紺。
兄弟の中で一番真面目でまともな三男、未礎。
中性的な容姿でブリッコの四男、酉。
四人とも雰囲気はまったく違うというのに、共通して多くの女性から指示を受ける。
こんな四人だからこそ余計に目立ち過ぎるのだった。
卯紺が勝手に引き受けてしまった取材に、一番気が乗らないのは未礎だった。
笑うことや、そもそも人と関わることが苦手なのだ。
「大丈夫?未礎」
「そーだよ。紺兄は単に目立ちたいだけでしょ?未礎兄のこと考えてよー」
「とかいって、酉。おめーだって、取材受ける気満々だろ」
「そりゃ、僕の人気がまた上がるし?」
「え?取材受けると人気者になれるの?」
「あー、もういいよ。いいから片付けしてって」
朝っぱらから、未礎はこの日一日がとても憂鬱になってしまった。