増える
いまはとても落ち込んでいます。
未来も見えないですし。
なにか恐ろしいことが起こりそうな気がするんです。
「時計仕掛けのオレンジ」より
松島先生が職員室へと戻り、部活はそのまま延長戦に突入した。
私達は机を四つ固めて並べ、お誕生日席には黒川先輩が部長らしく座り、私と三沢先輩がその両脇に向かい合う格好で座っていた。
まずは、既存というか、他で良く聞く七不思議を検証するような感じで行こうという提案が三沢先輩から出された。
異論は無い。
と、いうか、もともと他に当ても無い。
「私の知ってる学校の七不思議って言うと――」
三沢先輩が口を開いた。
曰く、
1、夜中誰も居ない音楽室からピアノの音が聞こえる
2、同じく、夜中音楽室のベートーベンの絵の目が光る
3、夜中プールに行くと子供の霊にプールの中に引きずり込まれる
4、夜中理科室の人体模型が動き出す
5、夜中家庭科室に行くと包丁が襲ってくる
6、夜中二宮金次郎像が校庭を走っている
7、夜中に階段の踊り場にある大鏡を覗くと知らない人が覗き返してくる
とか。
「やっぱり、全部夜中――ですね」
これ、実証するには夜中の学校に忍びこまなきゃならないんじゃ?
大体、夜中って何時頃の事なんだろう?
それにしても、うちの学校に二宮金次郎の像は無かったと思うし、音楽室にベートーベンの絵なんかあったっけ?
「夜中の学校の件は先生に相談してみよう。そうしましょう。運動系の部活が合宿なんかで、学校に泊ったり、文化祭近くになったりすると、準備が間に合わない部なんかが遅くまで学校で作業していたりするし。部活だと言えば、融通してもらえるかもしれない」
あ、そうか。
先生も『協力』してくれる様なこと言ってたしね。
でも、まあ、そういう事なら今日はもう解散って事かな?
と、思ったその時。
「そういうの、私も知ってる」
ゆっくりと立ち上がりながら、黒川先輩が言った。
「ちょっとこれから行ってみる?」
黒川先輩の言葉に、私と三沢先輩は同時に「え?」と驚いて顔を見合わせた。
「屋上に続く階段が夜中に12段から13段になるって話」
夜中?日は落ちて来てますがまだ明るいですよ?
「夜中の階段じゃ今から行っても――」
私が言うと、黒川先輩の口の中から飴を転がす音がした。
「いいから、いいから」
それ以上は何も言わず、黒川先輩は先だって多目的教室から出て行く。
私達は慌てて後を追いかけたのだった。
時間が時間だったせいか、誰とすれ違う事も無く、黒川先輩が私達を連れて来たのは、中央階段3階の踊り場だった。
やはり辺りに人影は無い。
そこから屋上の踊り場へと上がる階段が続いている。
踊り場の左側にある小窓からは暮れ始めた日の光がぼんやりと差し込み、その場の色をくすませて廃墟のようなさみしさを漂わせていた。
正面、階段の先には窓も無い事からくすむ色も無く。
薄闇の中に階段が浮かび上がっているような風姿だ。
つまりここが、夜中に12段から13段になる階段?
「やってみれば解るよ」
その場の空気に呑まれ、ぼんやりと階段を眺める私達に、隙を与えず黒川先輩が言った。
「1段」
黒川先輩は、そう言って一歩階段に足を乗せた。
私達は、慌てて黒川先輩の後に続く。
「2段、3段――、4段」
黒川先輩がリズム良く、影のような階段を登って行く。
「11段――、12段!」
屋上の入り口がある4階の踊り場に着いた。
階段は全部で12段。
「じゃ、下るよ」
黒川先輩の言葉に、私達は慌てて横一列に階段の前に並んだ。
「1段――」
再び黒川先輩の合図とともに1段ずつ階段を降りていく。
「5段、6段――」
まさかと思っていた。
なんなら多分、そんな事は無いとすら思っていたと思う。
だが――。
「13段――」
先輩がそう言って3階の踊り場に着地した。
うそ!増えてる。
こんなにもあっさり、学校怪談出現。
夜中でも無いのに?
「先輩――、なんで――」
私は訝しむ視線を黒川先輩に向けた。
だって、ここまで黒川先輩が連れて来たんだし、『知ってる』って言ってたし、『やってみれば解る』って言ってた。
つまり、黒川先輩には確信があったと言う事だと思う。
私の思う所を察したように、黒川先輩は口の中で飴をかろんと鳴らした。
「えーっとね――」
そう言って何か言葉を探しているようだった。
「錯覚」
は?錯覚?
「おかしいですよ」
勿論、私は私のために抗議した。
だってそうだろう?
思い違いであるはずが無い。
だって、実際登ったし、降りたし、数えたし。
これが錯覚だというなら私は自分を愚か者認定しなくてはならない。
三沢先輩だって同じ気持ちのハズだ――って、あれ?三沢先輩が妙に静かだ。
不思議に思って先輩の方を見てみると、三沢先輩は私の隣で拳を口元に当てて何やらぶつぶつ呟いている。
頼りにならない。
「あのさ」
突然、黒川先輩が口を開いた。
「まず、3階の踊り場から4階の踊り場に向かう際、階段の1段目に足を掛けたよね?こんなふうに――」
そう言って黒川先輩は右足を階段の上に載せた。
私は静かに頷く。異議は無い。
そのまま登り出すと思われた先輩は、再び3階の踊り場に足を戻し、語り始めた。
「このまま4階の踊り場まで上がっていって階段は12段。ここから良く聞いてね?12段目は4階の踊り場になるのよ。解る?」
「あー、はい」
それは、イメージ出来た。さっき、実際にやったし。
「4階の踊り場が12段目だったから、当然、降りるときは踊り場が1段目。そこから2段目、3段目と順に降りていくと、あれあれいつの間にか13段に」
あ、な、なるほど。
「13段目がどこか、気づいた?」
私は頷いた。
さっきは慌てていたんで気が付かなかったけど、上から降りてくると、3階の踊り場が13段目になるんだ。
登るときには踊り場を階段として数えていない。
下りは12+1(3階の踊り場)で13段。
登りは13-1(3階の踊り場)で12段。
「そんなに考えなくても、むしろ当たり前の事なんだけどね。普段なら解るんだろうけど。例えば夜中と言われる時間帯で、怖くて疑心暗鬼になったり、興奮してしまったりして判断が鈍ってしまったとかしたら――。ちょっとした勘違い。錯覚」
そうか、黒川先輩が私達にろくに説明もせず、引っ張り回すように急がせて、突然階段の数を数え始めたのって、勘違いさせる為、最初から計略だったんだ。
私は、自分を愚か者である事の認定をしなくてはならなかった。
「それじゃ、黒川先輩!音楽室からのピアノの音は?ベートーベンの絵の目が光るのは?プールの子供の霊は?――えっと、それからそれから――」
私の矢継ぎ早の質問に、黒川先輩はかろんと飴を転がして眉をひそめた。
「知らん」
なんだ、全部知ってる訳では無いんですね。
当たり前か。
それにしても、幽霊の正体見たり枯れ尾花とか。
まさにそのものの様な話ですねぇ。
「解りました!この怪異を七不思議の第1番目に認定しよう!そうしましょう!」
先ほどから、何やら思案していた三沢先輩が、突然そう叫んだ。
え?
いいの?
学校怪談、『12段から13段へ増える階段』の謎は解かれた。
と言うか、黒川先輩の話によれば、この謎解きは結構有名な話で、少し調べれば亜流や我流やらも含め、腐るほど見つかる話らしい。
学校怪談の話に関われば、調べるつもりが無くても自然と見つかるほどありふれた話なのだと後で聞いた。
凄いな、黒川先輩。
さすが部長だ。
普段は三沢さんが部を仕切っているようだけど、黒川先輩にはかなわないって感じ。
まあ、それはいいとして。
三沢先輩は、この話を学校の七不思議として認定しようという。
「いいんですか?」
「いいだよ。もちろんです」
三沢先輩はにこやかにそう言うけど――。
「だって、不思議でも何でも無いじゃ無いですか」
ひょっとしてまた詐欺る気ですか?
この人、目的のためには手段を選ばないところが有るからなあ。
しかも、本人は本心から悪気が無い。
「『12段から13段へ増える階段』は説明可能だった。七不思議の中には、そういう事例もある。それでいいんだ。いいのです。私達は七不思議を発表して、人に恐怖を植え付けたり不安を煽ったりするのが目的ではありません」
うん、確かにそれは悪趣味だ。
「飽くまで学校に存在する、或は存在するかも知れない噂を採取し、検証する。それが本来。今回のケースは私達の行おうとしている活動を説明する良い事例となります」
えーと、なんだか有りのような無しのような。
「敢えて、この事例を発表のオープニングに使い、私達の活動の趣旨を世に問うのです」
「いいんじゃ無い」
黒川先輩が非常に軽い感じで応えた。
「ただ事例を並べて発表するだけじゃ、ネットで検索したのと変わらないしね。ちょっと変わったアプローチなんだって事を書き出しにすれば見学者にも興味を持ってもらえるかも知れない」
ああ、確かに七不思議の辞典を作る訳じゃ無いですしね。
あれ?ところで――。
「あのー、黒川部長」
私が問いかけると黒川先輩が視線を合わせて来た。
「文化祭で発表する形式ってどんな風なんですか?」
壁新聞風とか、文集風とか――まさか、登壇して発表会風ってことは無いよね?
「そうだね」
黒川先輩が飴を鳴らしながら答える。
「何処か教室を借りて、掲示板並べて貼り出す感じかな?まあ、成果次第だよね。とりあえずは何が集まるか、何処まで出来るか、やってみてから考えよう」
そう言って黒川先輩は「まだ時間あるしね」と言って微笑んだ。